■歴史的な妙手を披露

 昨年度末、藤井は松尾歩八段との対局で、4一銀という歴史的な妙手を披露した。谷川はそこにも詰将棋の影響を見る。

「あれはやはり、詰将棋をよくやっている人なら思いつく手でも、そうでない人にはなかなか出てこないという気はします」

 昨年の棋聖戦五番勝負。藤井が倒した相手は「現役最強」とも言われる渡辺明(37)だった。渡辺は藤井について「谷川さんと羽生さんの両方を持っているような感じを受けた」と語っている。谷川は「光速の寄せ」とたたえられる直線的な勝ち方で一世を風靡(ふうび)した。一方で谷川のライバル・羽生善治九段(50)は曲線的な展開で強みを発揮する。谷川は言う。

「藤井さんの昨年の第1局の勝ち方は直線的でした。第2局はまったく逆で曲線的。急所がわからない混沌(こんとん)とした局面で本質をつかみとるのは羽生さんが一番優れています。そういう意味で、本来逆の性格のものを両方持ち合わせている人はめったにいない。当時まだ17歳の少年が両方持っているというのが、渡辺さんとしては本当に驚きだったと思います」

 藤井が棋聖位獲得を決めた第4局もまた見事だった。

「あの将棋は中盤戦の戦い方が素晴らしかったんですけれども、最終盤、安全勝ちもあるのに、相手玉を受けなしにして自玉の不詰めを読み切っていた。タイトルがかかった一番ですから、安全勝ちを目指しても不思議はないんですよね。1分将棋でもありましたので。これまでの棋士はほとんど例外なく、初タイトルがかかった一局では心の揺れがあって、指し手の乱れにつながったものなんです。そういうのがなくて、あそこまで自分の実力を100%出せる棋士は、藤井さんが初めてじゃないですかね」

 勝負の上では持ち時間のペース配分が重要で、終盤に時間を残すほうが得策と見る棋士は多い。しかし、藤井は中盤で惜しみなく時間を使い長考する。

「自分の頭の中で読みを進めていくうち、派手な手、面白い手、魅力的な手をどんどん発見する。それで楽しくなって、つい読みすぎて大長考になっているのかもしれません。彼の頭の中には盤上には現れてない、自分だけが知っている手がたくさんあるんじゃないかと思います」

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