在りし日の半藤一利さんと末利子さん。一利さんは最期まで日本の現状や将来について警鐘を鳴らし続けた (c)朝日新聞社
在りし日の半藤一利さんと末利子さん。一利さんは最期まで日本の現状や将来について警鐘を鳴らし続けた (c)朝日新聞社

 エッセイストで夏目漱石の孫でもある半藤末利子さんが、日々を綴ったエッセー集を出した。1月12日に亡くなった夫・一利さんとの別れにふれた一節は、姜尚中さんの胸に迫るものがあった。AERA 2021年6月14日号で、2人が対談した。

【写真】夏目漱石が歩いた街

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姜:大変ご無沙汰しております。半藤ご夫妻とはじめてお会いしたのは、2013年の「夏目漱石記念施設整備プロジェクト」の講演会のときでしたね。

半藤:そうでしたね。漱石生誕150周年にあたる17年に、新宿区立漱石山房記念館として開館いたしました。

姜:いまは名誉館長をされているんですよね。

半藤:はい。お会いしたころは本当にできるのだろうかと半信半疑でしたが(笑)。

姜:今回はリモート対談となりましたが、できることなら対面でお会いして、一利先生にもご焼香させていただきたかった。こういう時世で、それができないのが残念で仕方ありません。

半藤:ありがとうございます。でもね、半藤は幸せな一生を送った人だと私は思っております。

姜:末利子さんがこのたび出版された『硝子戸のうちそと』(講談社)を読んでいても、ご夫婦の幸せそうなご様子が読み取れます。ただ、後半は、一利先生の最期の日々が書かれていて、身につまされる思いでした。僕がぼんやりと思っていることを、末利子さんが大変クリアに書かれたからだと思っています。

半藤:そのようにお読みいただいて光栄でございます。半藤は亡くなる前に私の顔を見ると「僕、死にます」というので、私は困りまして。そんなときに、なんと答えていいかわからないし、話し出したら胸がいっぱいで泣きそうになるんです。かわいそうで、かわいそうで。泣きたくないからいつも横を向いて部屋を出て行ってしまっていたんです。

 あのとき横を向いて出て行ってしまう妻をどんな気持ちで彼は見ていたのか。どうしてあのとき、向き合ってお話を聞いてあげなかったのか。心の底から後悔しています。

姜:相思相愛な夫婦であっても、宿命といいますか、最後は別れがやってくるわけですからね。

半藤:二人でどうやって死ねるのか考えたこともあります。一緒に死にたいけど、そうはいかないものですね。事故でも起きない限り……。

姜:私も私の妻もなかなか第三者に言えないようなことがたくさんありました。それでも今こうやって一緒にいることの喜びを感じながら暮らしています。どちらかが先に逝ったときに、どうするのだろうかということが頭をよぎると、そこで思考が停止してしまうんです。

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