「本来、医療従事者の接種が完了してから高齢者に移行すべきでした。政府は医療現場のことよりも、選挙での高齢者の票を優先したのでは、と私には映りました」

 男性はコロナ収束には「最後はワクチンしかない」と期待していた。だが政府は1年半もの間、ほとんど有効な手を打たなかったと嘆く。男性はNY州発行のワクチン接種証明書を取得。帰国後の現在は2週間の自宅待機を続けている。

「日本の感染状況が今後落ち着いてきたとしても、海外で接種を終えた人たちが入国する際にはやはり2週間の待機を求められる。ビジネスなどの面では日本に出張しにくい状況は変わりません。政府はそういうケースにどう対応するのか。おそらく何の検討も進んでいないのでは。日本はこれからますます国際的に取り残されていくでしょう」

 ワクチン接種ツアーが盛り上がる背景について、国際政治が専門の東京都立大学の詫摩佳代教授は、「米国内の事情」と「世界的なワクチン格差」があると指摘する。

「米国ではワクチン接種が進むにつれ、余剰ワクチンも出ています。それを観光業の促進に有効活用しようというのが、NY市の狙いでしょう」

 NYは金融の街として知られているが、観光業も基幹産業の一つだ。それが昨年は、前年比で3分の1まで落ち込んだ。

■格差社会の象徴になる

「観光客にとって『安全で、あなたを大切にする街です』との肯定的なメッセージになる」

 NY市のデブラシオ市長は5月6日、市外からの観光客向けに新型コロナのワクチンの提供を始める意義をこう強調した。詫摩教授は言う。

「NY市の政策は、ワクチン接種が進んでいない国の富裕層のニーズとマッチしました。中南米では、ワクチン接種ツアーは格差社会の象徴のように受け止められています。日本では富裕層限定というわけではないですが、渡航できない人との間で不公平感が生じるのは避けられないでしょう」

 日本人が海外でワクチンを接種する際に注意する点がある。それは接種後に重大な副反応があっても、自己責任で対応しなければならないことだ。

「国内の場合、手厚く措置する態勢が整っています。そのため、あえてリスクを取って海外で接種するメリットが十分見合うのかは、それぞれの個人が置かれた事情によるでしょう」(詫摩教授)

 日本で未承認のワクチンを接種した場合の扱いも課題だ。

「J&Jは承認審査中です。中国のワクチンなども含め国内で未承認のワクチンを海外で接種した人をどう扱うのか。今後、ワクチンパスポートを導入する際に議論が必要です」(同)

(編集部・渡辺豪)

AERA 2021年6月7日号

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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