難病があるので、新型コロナの流行以来ほぼ家をでない生活。春、数カ月ぶりに近所の公園へ(撮影/松永卓也)
難病があるので、新型コロナの流行以来ほぼ家をでない生活。春、数カ月ぶりに近所の公園へ(撮影/松永卓也)
医学書院・白石は「頭木さんは対象への“うっとり力”がスゴい。たとえばカフカに魂を奪われるような。でも書くときは理系の頭で明快で、尾ひれを付けないのがいい」と話す(撮影/松永卓也)
医学書院・白石は「頭木さんは対象への“うっとり力”がスゴい。たとえばカフカに魂を奪われるような。でも書くときは理系の頭で明快で、尾ひれを付けないのがいい」と話す(撮影/松永卓也)

 文学紹介者、頭木弘樹。大学生活を謳歌していたさなか、激しい腹痛と熱に見舞われた。症状は治まらない。医者から、潰瘍性大腸炎と診断された。平穏だった人生が一転、闘病生活に。そんな頭木弘樹を支えたのが、カフカなど偉人たちによる絶望を表現した言葉だった。誰もが皆、倒れたあとに立ち直れるわけではない。絶望したまま、生きていかなくてはならない人もいる。

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 落ち込んでいる友人を前にしたとき、つい前向きな言葉をかけがちだ。

「ポジティブな気持ちでいれば幸せなことしか起こらない」「強く信じればすべての願いはかなう」

 20歳で難病を患い、13年間にわたって入退院を繰り返した頭木弘樹(かしらぎひろき)(56)は、そんな言葉が書かれた本を贈られた経験がある。

「こういう言葉、かえって気持ちが沈むんです」

 未来に展望を見いだせない絶望から救ってくれたのは、むしろ絶望した人の言葉だった。

<将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。将来にむかってつまずくこと、これはできます。いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです>

 文豪カフカが、婚約者フェリーツェに宛てた手紙の一節だ。カフカは手紙や日記にも日常的に愚痴を書く、ネガティブな人だったのだ。

「絶望したときは、一緒に泣いてくれるような本を読みながら落ち込むだけ落ち込んで、絶望に浸ったほうがいいこともあります。周囲を安心させようと無理して明るくする人もいますが、無理して立ち直ろうとすると後でリバウンドがきて、悲しみに襲われることがあるのです。これは実体験でもあるし専門家の研究もあります」

 頭木はカフカ作品に救われた経験から、彼の言葉を集めた『絶望名人カフカの人生論』を出版、文庫版も含めると10万部を超えた。また、「NHKラジオ深夜便」では、ゲーテ、ドストエフスキー、太宰治、芥川龍之介といった偉人たちが絶望を表現した言葉“絶望名言”を紹介するコーナーを担当し、番組を代表する人気企画となっている。

 絶望名言などを糸口に本を紹介することから、「文学紹介者」を名乗る。最近では、人がひきこもる際に感じる複雑な思いを巧みに描いた作品のアンソロジー『ひきこもり図書館』も手がけた。

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