「(白人は)私を見下しているんだ。連中が欲しいのは私の声だけ。そう学んだよ。今は嫌々でも要求をのんでくれる。奥で私の悪口を言いまくっているだろうけどそれ以外連中には何もできない。でも望み通りの歌を録り終えた瞬間、商売女と寝た後みたいに背中を向ける。私は用なしだ。間違いない。見てな」

 実際、白人社長はマ・レイニーのギャラから甥のギャラを差し引こうとする。もちろん彼女はそれを絶対に許さない。圧倒的な権力には徹底して粘る。そんな闘い方をマ・レイニーは教えてくれる。主演女優賞にノミネートされたヴィオラ・デイヴィスは歌も、ギロリと相手を刺すように見つめる瞳も、尊大な態度も迫力満点だ。

 女性の闘いは「外」だけではない。「内」なる家族での立ち位置も悩ましい。

 認知症になった父と娘の愛憎が絡み合う「ファーザー」。アンソニー・ホプキンスが主演男優賞を受賞した作品だ。父親を愛するがゆえの、また、近しい家族であるがゆえの娘の苦しみがひしひしと伝わってくる。

 日々記憶がおぼつかなくなっていくアンソニー(ホプキンス)は、介護人を迎えることを徹底して拒否。恋人とパリで暮らすことを決めた娘のアン(オリヴィア・コールマン)だが、何度説明しても父は覚えていない。それどころか「私を置いていくのか」としがみつかれる始末だ。父を懸命にフォローしようとしても、アンより彼女の妹とのほうが気が合うと、とっくに死んだ妹のことを持ち出す。病気のせいだとわかっていても、アンは尊敬する父の変化に悲しみ、父の心ない言葉に悩む。

■自分自身に目が向く

 老いは確実に自分自身にもやってくる。多くの人が定年を迎える60代。一人になった女性は残りの人生をどう歩むべきか。オスカー主要3部門を制覇した「ノマドランド」が一つの生き方を教えてくれる。

 2011年、米国・ネバダ州。ファーン(フランシス・マクドーマンド)は夫に先立たれた後も、臨時教員として働いていたが、リーマン・ショックの煽りで住み慣れた家を失う。彼女は、夫の思い出をキャンピングカーに詰め込み、季節労働をしながらどこにも定住しない「ノマド(遊牧民)」暮らしを始める。

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