出産の喜びから一転、直面した「早産」の現実 NICUの優しさが心を支えてくれた (1/4) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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出産の喜びから一転、直面した「早産」の現実 NICUの優しさが心を支えてくれた

連載「障害のある子と生きる家族が伝えたいこと」

江利川ちひろAERA#AERAオンライン限定
江利川さんは2006年5月に双子の姉妹を出産した。写真は同年9月、生後4カ月の時の1枚。すやすや眠る左側の子が長女のゆうちゃん、あくびをしているのが次女のぴぴちゃん/江利川さん提供

江利川さんは2006年5月に双子の姉妹を出産した。写真は同年9月、生後4カ月の時の1枚。すやすや眠る左側の子が長女のゆうちゃん、あくびをしているのが次女のぴぴちゃん/江利川さん提供

江利川ちひろ(えりかわ・ちひろ)/1975年生まれ。NPO法人かるがもCPキッズ(脳性まひの子どもとパパママの会)代表理事、ソーシャルワーカー。双子の姉妹と年子の弟の母。長女は重症心身障害児、長男は軽度肢体不自由児。2011年、長男を米国ハワイ州のプリスクールへ入園させたことがきっかけでインクルーシブ教育と家族支援の重要性を知り、大学でソーシャルワーク(社会福祉学)を学ぶ

江利川ちひろ(えりかわ・ちひろ)/1975年生まれ。NPO法人かるがもCPキッズ(脳性まひの子どもとパパママの会)代表理事、ソーシャルワーカー。双子の姉妹と年子の弟の母。長女は重症心身障害児、長男は軽度肢体不自由児。2011年、長男を米国ハワイ州のプリスクールへ入園させたことがきっかけでインクルーシブ教育と家族支援の重要性を知り、大学でソーシャルワーク(社会福祉学)を学ぶ

「インクルーシブ」「インクルージョン」という言葉を知っていますか? 障害や多様性を排除するのではなく、「共生していく」という意味です。自身も障害を持つ子どもを持ち、滞在先のハワイでインクルーシブ教育に出会った江利川ちひろさんが、インクルーシブ教育の大切さや日本での課題を伝えます。

【写真】筆者の江利川ちひろさん

■初めて知った早産のリスク

 早産は、子どもが小さく生まれるということだけでなく、子どもに病気や障害があらわれるリスクがあるということを、知らない人は少なからずいると思います。私もその一人でした。

 我が家の双子の娘の出産予定日は2006年8月でしたが、大幅に早まり、5月に生まれてきました。早産の影響で、長女は寝たきりの生活を送ることになり、その後の私と夫の人生は大きく変わりました。今回は今年で15歳となる娘たちが、妊娠八カ月で生まれた時の話です。

 5月は双子の娘の誕生月です。

 2006年のその日、早朝に夫と過去最大級のけんかをしました。私は切迫早産で入院中で、午後から院内で行われる両親学級に夫とともに参加予定でしたが、夫の会社でアクシデントが起き、行かれなくなったと言われたのです。この病院では両親学級を受講しないと、立ち会い出産ができないという決まりがありました。

私「参加しないと立ち会えないって何度も言ったよね?」

夫「わざとじゃないし、今日はたとえ出産でも行かれない」

■陣痛が始まる

 電話を切ってからも私のイライラは治まらず。

 後から思えば、この時すでにおなかの痛みはあったのですが、怒りのピークと重なり、大して気にはなりませんでした。けれども、その数時間後の診察で、子宮口が3.5cmも開いているとわかったのです。

「うーん、とにかくゆっくりしてね。このままだとすぐに生まれちゃうよ。最低でも30週末を目標にしよう」

 おなかの張りと赤ちゃんの状態を調べるために、分娩監視装置をつけました。しばらくすると頻繁におなかや腰が痛むことに気付き、ナースコールをするべきか迷っていると、助産師さんが来ました。


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