■この仕事が好きです

――作中、西方が直面するのは、五輪に選手として出場して金メダルをとる、人生をかけて追ってきた夢がかなわない、というアスリートとしての大きな挫折と屈辱だ。本作の企画プロデュースを担当した平野隆は、「長い下積みを経てきた田中さんならば、きっと西方さんの“痛み”を肌で感じて、まっすぐに表現してくれると思った」と述べている。田中自身も、過去には「自分より先に売れていく後輩に嫉妬したこともあった」と語っている。

田中:西方は、代表に選ばれなかった後、何度もジャンプを辞めようと思うんですが、結局飛ぶことをあきらめられずにテストジャンパーを引き受けました。

 僕も役者をやっていて、「しんどいなあ」と思うことはたくさんあります。でも、結局辞められない。やっぱり、好きなんですよ、この仕事が。この道しかないのに、無駄に悩んで、もがいているところが、「自分に似てるな」って、かなり共感しました。

 西方は、前向きな主人公タイプじゃなくて、めちゃくちゃ人間臭い男なんです。くやしい気持ちをわかりやすく表現するし、ふてくされやすいし、立派な言葉も言わないし、最後まで「テストジャンパーなんてやりたくない!」ってウジウジしてる(笑)。でも、僕もスポーツをやっていたので、そういう気持ちはわかるし、「かわいいなあ」と思いましたね。

 日本中の期待を一身に背負って立つアスリートたちも、やっぱり僕らと変わらない人間なんだと思いました。

■踏み切りを練習した

――映画に登場するテストジャンパーも、聴覚障害がありながら国際大会で優勝した経験を持つ高橋竜二(山田裕貴)、女子スキージャンプがオリンピック種目になかった当時からオリンピック出場を目指して訓練を続けていた女子高生の小林賀子(小坂菜緒)など、いずれも実在の選手がモデルだ。ジャンプシーンの撮影は、実際に長野冬季五輪の舞台になった白馬ジャンプ競技場を借りて行われた。キャストたちは「空サッツ」(ジャンプ直前の踏み切り動作)の陸上トレーニングを積んだうえで、実際に高さ約130メートルのジャンプ台の上に立ち、命綱を付けて滑り出すまでを演じた。

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ジャンプ台に立ったときの顔