――一方で、事実に基づいた物語で、実在の人物を演じることの難しさも感じていた。

田中:実は、脚本を読んだ直後は、正直「これはどうしたもんか……」という感じでした。僕が演じる西方さんは、もちろん今もご存命です。フィクションと同じように演じれば、本人とかけ離れた人物になってしまう。脚本のストーリーがあまりにもよく出来過ぎていて、映画用に多少盛っているのかなと思ったんです。

 たとえば、冒頭の長野オリンピックのシーンで、ジャンプする原田に対して西方は何度も心の中で「落ちろ!」と念じるのですが、演出的な都合でそんなことを言うのは嫌だなあって。だって、悲劇があったとしても、さすがに親友でありライバルであるチームメートの原田のことを、そんなふうには思ったりしないだろうと。演出だとしても、なんか嫌だなあってずっとモヤモヤしてたんです。

 もちろん、ドラマや映画はあくまでエンターテインメントだけど、事実や歴史はできる限り捻らずに、正確に伝えたいじゃないですか。

 たとえば、僕らもテレビの仕事で、インタビューを受けて再現VTRを作っていただくことがありますが、少し盛られることもあるんです。すると、事実に少し捻れが生じて視聴者に伝わってしまうこともある。

 あのオリンピックで現実にあった話を演じるのであれば、できる限り事実をいじりたくないという気持ちが強くありました。

■人間の弱さ表現したい

――同時に、作中の西方と実際の西方の違いを具体的に知ってしまうと、今度は“事実を再現すること”ばかりに演技が引っ張られてしまう懸念もあった。そのため、当初は、西方本人に「会いたくない」とさえ思っていたという。実際に会って話を聞いたのは、クランクインしてしばらくしてからだ。

田中:ところが、いざ西方さんとお会いして話を伺ったら、「『落ちろ』と言葉にしてはいないけど、同じようなことは思っていましたよ」って言われて。

「いや、思ってたんかーい!」っていう(笑)。

 それから、劇中で西方がほかのテストジャンパーたちと酔っぱらってクダを巻くシーンがあるんですけど、「あれは実際はもっとひどかった」とかノリノリで話してくださって。「これなら、もっと早くお会いしたかった」と思いました(笑)。

 西方さんの話を聞いてからは、人間の妬みや弱さ、きれいじゃない部分こそ、むしろしっかり表現したいという思いが強くなりました。

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踏み切りを練習した