「漁業者の士気が落ちてしまう。国内外への『風評』の影響もどう考えても小さくない。政府は水産物の輸出拡大を看板政策にしているが、輸出がしぼむ可能性すらある」

■募る東電への不信感

 そもそも政府内では、早い段階から「海洋放出」が有力視されていた。

 昨年2月、社会学者や風評の専門家らでつくる政府小委員会は、処理水の処分方法を海洋放出と大気放出の2案に絞り、海洋放出が有力とする提言を公表した。これを受ける形で政府は世論づくりを進めてきた。菅首相も処理水の処分について記者団の質問に「いつまでも先送りできない」との認識を示した。

 しかし、政府小委員会のメンバーを務めた「水産研究・教育機構」(横浜市)海洋環境部放射能調査グループの森田貴己(たかみ)主幹研究員は、このタイミングでの決定に「現状では誰も納得しない」と話す。

「小委員会では『復興』と『廃炉』の両立を求めてきたが、復興が進んでいるとは多くの人は思っていない。そうしたなか、『敷地』に限界があることを主な理由に処理水の処分を決定したのは残念であるし、誰もが反対するのは当然だ」

 さらに森田氏は、東電に対して国民が抱く不信感を挙げる。

 東電では柏崎刈羽原発(新潟県)でのテロ対策の不備や、福島第一原発で地震計の故障を放置するなど不祥事が相次ぐ。

「東電への住民の不信感はかつてないほど高まっている。その中での決定は、最悪としかいいようがない」(森田氏)

 放出は2年後を目途に開始される。森田氏は言う。

「東電は国民への信頼回復、政府は固定したままの風評被害を解消するよう最大限の努力をするべきだ」

 福島の産業を支え、育てる知恵ももっと絞るべきだろう。見切り発車は許されない。(編集部・野村昌二)

AERA 2021年4月26日号

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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