菅義偉首相 (c)朝日新聞社
菅義偉首相 (c)朝日新聞社

「総理がおっしゃっている」「総理がご判断される」。テレビ番組のキャスターや出演者が、総理大臣に尊敬語が使うことが当たり前になっている。本来ならメディアは、権力監視役として政治家に過剰に尊敬語を使う必要はない。背景に何があるのか。AERA 2021年4月26日号から。

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 敬語に対する勘違いは、なぜ生まれているのか。作家の松本清張や日本文学者のドナルド・キーンを担当してきた編集者で、報道番組のコメンテーターも務める堤伸輔さん(64)は、「敬語へのなじみが次第に薄くなり、日本人にとって敬語が難しいものになっているからでは」と語る。

「お年寄りに対してなど、年齢の上下関係で敬語を使うことが日常生活で減ってきています。その結果、どんな敬語の使い方がその状況における『適正水準か』が、わかりにくくなっている。敬語の使い方に自信がないと、人は過剰敬語になりがちなんです」

 たとえば、「菅総理はこう言いました」と言おうとするとき、「こいつ失礼だなと視聴者に思われないか」と一瞬でも頭をよぎれば、「菅総理はこうおっしゃいました」と言ったほうが安全だと考えるかもしれない。瞬時の判断で敬語をどう使うべきかわからない場合、人は自分を守るために敬語を過剰に使う傾向があるのではないか。堤さんはこう話す。

「そういう私たちの言語生活の変化が過剰敬語を生み、テレビの現場にもその波が及んでいる、ということだと思います。メディアだけではありません。たとえば、野党による国会質疑の場面でも、『攻める』べき野党が、『総理、ご見解をお伺いできませんか』などと言うシーンをよく見かけますよね。『総理の見解はどうですか』で十分なはずですが、対等な立場で相手を問いただすべき野党議員も、過剰敬語を頻発しているのが現状です」

 堤さんが最近気になる過剰な表現は、他にもある。その一つが、新聞記事などでよく使われるようになった「〇〇大臣はこう指摘した上で、□□と述べた」というときの、「指摘した」という書き方だ。

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小長光哲郎

小長光哲郎

ライター/AERA編集部 1966年、福岡県北九州市生まれ。月刊誌などの編集者を経て、2019年よりAERA編集部

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