以来、2年近く息子とは会えていないと言う橋本さんだが、いくつかの疑問は残されている。

 ひとつは、夫婦の関係を修復することはできなかったのか。そしてもうひとつは、後戻りできない「棋士引退」という重い選択を回避することはできなかったのかという点だ。

 家庭内における不和については、互いの言い分があるだろう。どんな夫婦にも程度の差はあれど、口論程度の夫婦げんかはしばしば起きる。それがなぜ、離婚調停に発展してしまったのか。

「それまでの結婚生活を振り返ってみて、毎日のようにいさかいが絶えなかったとか、他の夫婦と比較してとりわけ不仲であったということは決してありません。たとえけんかをしても、生まれたばかりの子どももいるわけですから、互いに歩み寄って問題を解決すべきだと思いますし、私も当初は離婚など考えたこともありませんでした」(橋本さん)

■引退する必要あったのか

 4月11日には東京・新橋で親権についての演説を行った橋本さん。駒をマイクに持ちかえて、ときに激しい口調を繰り広げる橋本さんの姿に、戸惑いを覚える将棋ファンもいるかもしれない

「私の暴走はいつものことですので(笑)、将棋ファンはあまり驚いていないんじゃないですかね。でも、私はもう死ぬか、死ぬ気で戦うか、どちらかしかないわけですから、何を言われようと戦います。たとえ子どもの親権を取り戻せなかったとしても、私と同じ境遇に置かれ困っている全国のお父さん、お母さんがいるし……戦う意義はあると思っています」(橋本さん)

 もうひとつの疑問について聞こう。確かに本人にとっては切実な問題だったとはいえ、棋士を引退する必要はあったのだろうか。

 成績が落ちて、規定によって引退しなければならないのであれば仕方がないが、橋本さんの場合は、しばらく休場し、問題が解決したらまた対局に復帰する道は残されていた。現に、将棋連盟も引退について慎重に考えるよう促していたのである。

 他のプロ棋士と同様、子どものころから将棋一筋に生きてきた橋本さんは、うつむき加減に視線を落とした。

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鮮やかな昇段の軌跡