早見和真(はやみ・かずまさ)/1977年、神奈川県生まれ。2008年『ひゃくはち』で作家デビュー。15年『イノセント・デイズ』で日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、20年『ザ・ロイヤルファミリー』でJRA賞馬事文化賞と山本周五郎賞を受賞(撮影/写真部・張溢文)
早見和真(はやみ・かずまさ)/1977年、神奈川県生まれ。2008年『ひゃくはち』で作家デビュー。15年『イノセント・デイズ』で日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、20年『ザ・ロイヤルファミリー』でJRA賞馬事文化賞と山本周五郎賞を受賞(撮影/写真部・張溢文)

 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

強豪高校の補欠部員の青春を描いた『ひゃくはち』から13年。元高校球児の著者が初めて挑んだノンフィクションだ。夢を奪われた選手と指導者はどう行動したのか──。愛媛の済美と石川の星稜という強豪校に密着し「甲子園のない夏」の意味を問う。「彼らがどこにたどり着くのか、乗り越えるのかわからないまま記録していきたかった。ノンフィクションという方法論しかなかったんです」と語る著者の早見和真さんに、同著に込めた思いを聞いた。

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 作家、早見和真さん(43)の新作は、コロナ禍によって甲子園という夢の舞台を失った高校球児たちの「あの夏」に密着したノンフィクションだ。

 早見さんといえば、『ひゃくはち』『イノセント・デイズ』など映像化された作品は数知れず。昨年は、『ザ・ロイヤルファミリー』で山本周五郎賞を受賞するなど作家として高い評価を受けてきた。一方で過去に新聞記者志望だったという一面やライターとしての実績もある。それを思えば、本作が初のノンフィクションということが少し意外な気もしなくもないのだが……。

「作家デビューから13年、迷いなく小説だけを書いてきました。これまで自分の中にノンフィクションという手段を用いる必然性を感じてこなかった。ところが昨年、緊急事態宣言が発令された日に、一気に自分事になったんです。東京のある街のシーンを書いていて、ここを歩いている人全員にマスクをつけさせないといけないのかって。僕の中で構築されている世界の色が変わった瞬間でした」

 そもそも早見さんにとって小説とは、書きたいテーマがあって、ぼんやりと見えているゴールに向かって進むもの。ところがコロナ禍は、5分後すら見通せない世界だった。

 そんな時に降ってわいたドキュメンタリー番組の企画(のちにNHK BS1スペシャル「甲子園のない夏」として放送)。早見さんは、愛媛の済美高校と石川の星稜高校という2チームの監督や選手らと3カ月にわたり、向き合うことになる。

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