この原理を一つの装置にまとめたのがポゼストハンドだ。この装置は、電気信号でどの指を、どの順序で、どの向きに、どれぐらいの速さと強さで動かすかを指示することができる。たとえば琴の奏者の手指の動きをコンピューターに記憶させたポゼストハンドを、琴を弾いたことがない人が装着すると、未経験でも演奏ができる。実際には各々、手指の形や筋肉のつき方が違うので、熟達者と同じように演奏できるわけではないが、ペットボトルをつかんで上げ下げするような単純な動きなら、ほぼ完璧に再現可能だそうだ。将来は、すし職人の繊細な手指の動きなども、電気信号で伝えられるようになるだろうという。

●実体験にそっくりな仮想体験が可能に

 玉城さんはその後、ポゼストハンドの原理を応用した商品の開発・販売を行う会社をつくり、2015年には「アンリミテッドハンド」を商品化した。これはポゼストハンドの原理の(1)入力と(2)出力を、腕に巻くコンパクトな装置にしたもので、入力と出力を時間差なく行うことができる。つまり、ある人が感じている手や指の感覚を、ほぼ同時に他人に伝えることができる。

 18年には、映像が映るゴーグルとアンリミテッドハンドの機能の一部を組み合わせた「First VR」を発売。この装置を使うと、ゴーグルに映る映像を見ながら、遠く離れた川に浮かべたカヌーを「漕ぐ」こともできる。使用者がパドルを漕ぐ動作をすると、センサーが腕や手の筋肉の動きを“カヌー漕ぎロボット”や仮想現実(Virtual Reality)のカヌーに送り、その動きに合わせてカヌーが進む。さらにアンリミテッドハンドも使うと、水の抵抗も感じられるので、実際にその場にいるような体験が可能だ。

 今ある技術を一般向けの製品にして販売することも重要だが、玉城さんはボディーシェアリングの基本技術を発展・拡大する研究に何よりも力を注いでいる。この技術は未来をどのように変えるのだろう?

「ボディーシェアリングは、感覚や体験をほかの人とだけでなくロボットとも共有します。たとえば、水道管やガス管内部の工事を、熟練した技術者が極小サイズのロボットに遠隔操作で行わせることもできるようになるでしょう。その時期は4、5年先と見込んでいます。冒頭に挙げた富士登山のように、遠くの友達や家族に、自分の体感を伝えながら、面白い体験をみんなで共有するような、生身の人間同士のボディーシェアリングは2030年ごろの実現をめざしています」

 キミが社会人になるころには、仮想体験も、実体験と同じような感動や興奮、ときには腕や足の疲れなども感じられるようになっているかもしれない。

(サイエンスライター・上浪春海)

※月刊ジュニアエラ 2021年4月号より

ジュニアエラ 2021年 04 月 増大号 [雑誌]

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上浪春海
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