元朝日新聞記者 稲垣えみ子
元朝日新聞記者 稲垣えみ子
10年愛用した鞄。裏を2度修理したが、表皮が破れモノが飛び出すに至り廃棄に。思い残すことなし(写真:本人提供)
10年愛用した鞄。裏を2度修理したが、表皮が破れモノが飛び出すに至り廃棄に。思い残すことなし(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】皮が破れモノが飛び出すに至り廃棄した 10年愛用の鞄

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 家を売るため不用品処分に苦労した話を書いてきたわけだが、そんな苦労するならメルカリで売ればいいじゃんとよく言われた。確かにメルカリなら買いたい人が見つかるかもしれない。不用品が処分できてお金も手に入るのだから一石二鳥といえばそうだ。

 だが私は、メルカリには手を出さなかった。

 一つには、面倒というのがある。ネット上で見知らぬ人とお金がからむ関係を持つのは、旧式人間には荷が重すぎた。それに私の物などブランド物でもなんでもなく、値がついたとてたかが知れている。その多少のお金のために、貴重な人生の残り時間をつぎ込み多大なストレスを抱えるのが、果たして本当に合理的と言えるのか?

 もう一つは、大切にしてきたものに「値段」がつくことを恐れたのだ。

 会社を辞めて小さな家に引っ越す時、大きな紙袋2個いっぱいの愛読書(40冊ほど?)を泣く泣く近所の古本屋に持ち込んだところ、30分待った揚げ句「40円です」と言われた。いやー空気が凍ったね! もはや悔しいという次元を超え、その間抜けな数字を口にせねばならなかった店員さんが気の毒で慌てた。そして、自分が大切にしてきた物の価値は値段とは関係ないのだと10円玉をマヌケな顔で受け取りつつ心に刻んだ。というか、関係づけてはいけないのだ。愛を市場に出してはいけない。良い値がつかないから価値がないと思ってしまうのは現代人の病であり、自分を冒涜する行為である。

 逆に言えば、高く売れたから喜ぶというのも微妙である。妙に興奮してうっかり別の不用品を買い、さらにそれをお金に換えているうちに人生が終わることもある。お金とは案外魔物なのだ。

 ならばどうすれば良いか。私の結論は一つ。プライスレスにすること。タダほど高いものはない。大切なものほどお金に換えてはいけないのではなかろうか。お金でなく縁を手に入れる。つまりは喜んでくれそうな人を探し、もらって頂くのが最も合理的と思うに至ったわけです。

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

AERA 2021年4月5日号

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稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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