三上氏によれば、陰謀史観には歴史的および宗教的な背景があるという。フリーメーソンを「悪の組織」と呼んでいるのはカトリック。聖書には終末論があり、やがて世界を支配する独裁者が現れ人類を滅亡の淵に追いやると預言されているが、そのバックにいるのがフリーメーソンだといわれている。

「陰謀論には、全てが嘘ではなくケシ粒のような事実も含まれている。Qアノンの主張の中には、アメリカで多くの子どもが行方不明になっていたりする事実などがちりばめられている。陰謀論的なものを広めようという意図は、確実にあると感じる」(三上氏)

■動画サイト信じる母親

 古今東西、陰謀論は情報の流通につきものだ。それがインターネットの時代になり、真実性が担保されないまま無制限に広がるようになった。しかも、ネットでの情報収集は、自分の価値観に都合のいい情報だけをえり好みしがち。こうして日本でも、冒頭の「ワクチンは殺人兵器」や、「三浦半島や横浜市内で相次ぐ原因不明の異臭は滅亡の前兆」という陰謀論がネット上に登場した。こうした突拍子もない話を信じる人は多くはないが、たやすく陰謀論にハマる人が、実際にいる。

 東日本に住む男性(20代)の母親(50代)もそんな一人だ。昨年7月に自死した人気若手俳優の「他殺説」を信じているという。

「彼は自死じゃない!」

 俳優の死から1、2カ月経ったころから、母親はこう言うようになった。

 男性によれば、母親がよく見る動画投稿サイト「ユーチューブ」の影響ではないかという。ユーチューブでは、彼の死について「死の真相は隠されている」「実は生存しており殺されたのは影武者である」等々、他殺説や生存説がさも本当のように発信され、「世界の闇に気づいてない」などそれっぽい言葉を用いて流されている。そうしたことが影響しているのではないかという。男性が母親に、「他殺説」はバイアスがかかっており正しい情報とは限らないと指摘しても、

「死の時系列がおかしいのは間違いない!」

 と聞く耳を持たない。それどころか母親は、今度は先の米大統領選で票が操作された説、中国が水面下で日本を侵略している説、コロナワクチン兵器説などを気にするようになった。今では「ワクチンは絶対打たない」と言うまでに。男性は言う。

「僕にワクチンを打つなと強要してくることはありませんが、今後どうなるかは分かりません」

(編集部・野村昌二)

AERA 2021年4月5日号より抜粋

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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