もちろん、B細胞リンパ腫の薬リツキシマブがネフローゼに著効があったり、医学の世界では本来の目的以外にも予想外の治療効果を見ることは少なくない。しかしそういった場合にも分子レベル、細胞レベル、動物レベルの検証を経て、さらに二重盲検法で膨大な臨床データを解析して初めて実地臨床に使える。大村先生よりも周りの方々、特に医師でない人々が世間の過剰な期待を煽り、政治家に陳情して特例承認を求めるのはいささか違和感を覚える。

 イベルメクチンは副作用も耐性もなく、がんにもウイルス感染症にも免疫疾患にも何にでも効くとなると現代のエリクシールである。特効薬であってほしいというのは我々臨床医が一番期待するところであるが、まずは世界各国で走っている質の高い治験結果を見てからであろう。

 明治から大正時代に日本の内科学を築いた東京帝国大学教授の青山胤通(あおやまたねみち)博士の口癖は、「新しい薬や治療法をどれだけ研究するのもよいが、実際に患者さんに投与するのは有効性と作用機序がわかったものだけにしなさい」だったという。野口英世や北里柴三郎、高木兼寛の伝記では悪役として描かれることの多い青山博士だが、臨床家、医学教育者としては極めて高い見識の持ち主だったといえるだろう。

◯早川 智(はやかわ・さとし)/1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に『戦国武将を診る』(朝日新聞出版)など

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早川智

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早川智(はやかわ・さとし)/1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に戦国武将を診る(朝日新聞出版)など

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