彼は、臨床よりも錬金術、特にエリクシールという魔法の霊薬を求めることに精力を使った。エリクシールは現代では化粧品の名前になっているが、もともとの意味はいわゆる「賢者の石」である。これに浸すことで様々な卑金属が金に変わり、少量を服用すると、あらゆる病に有効と信じられた。彼は様々な鉱物を集めて油に溶かし「アゾット」という愛剣の柄にこれを入れて処方すると、どんな病気も治ったという。もっとも、本人が書いているだけなので真偽はわからない。 

 臨床医学の発展はパラケルススのもう1世代後、フランス国王アンリ2世の治療を行った床屋外科医アンブローズ・パレと、フランドル出身で皇帝カール5世の侍医だったヴェサリウスを双璧とする。パレは盲貫銃創の処置や手足の切断、止血、脱臼の整復など実地臨床を経て編み出した卓越した診療技術で名声をほしいままにし、ヴェサリウスは当時の先端医学であった肉眼解剖と機能解析(生理学)をもとに患者の病態を解析した。

 パレはフランス語で臨床の教科書を、ヴェサリウスはラテン語で解剖学の教科書を著しているが、そこにはエリクシールは出てこない。16世紀当時においても、第一線の臨床医は理論よりも真に患者に有効な治療法を求め、実地に応用していたのである。

■イベルメクチンはエリクシールではない

 500年たった21世紀の今、特効薬のない新型コロナウイルス感染症に既存の薬が効くのではないかという期待が集まっている。まず、最初にエイズの薬カレトラ、次にマラリアの薬クロロキンとハイドロキシクロロキン、そして昨年の秋にはファビピラビル(アビガン)が期待を集めたが、いずれも特効薬ではなかった。

 そして今は、イベルメクチンに期待が集まっている。発見者の大村智先生がノーベル賞をお受けになったこの薬はオンコセルカ(河川盲目症)や疥癬(かいせん)など寄生虫感染症に対しては確かに特効薬といってよい。しかし、本来は抗ウイルス薬として開発されたものではなく、効くとすればオフ・ターゲット効果ということになる。

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