アメリカでできた香港出身の知人は、また少し別の悩みを抱えていました。「本当は私と夫の母語である広東語を教えたいけど、アメリカに住んでいるからには絶対英語ができなきゃいけないし、将来香港に戻るとしたらマンダリン(中国語の普通語)ができないと仕事が見つからない。でもまだ1歳にも満たないのに3カ国語も教えて大丈夫だろうか。マンダリンのクラスは授業料が高いから負担だし」と。政治的・金銭的な要素も絡み、なかなか判断が難しい問題でした。

 そんなふうに「1言語に絞る」「2カ国語教える」「がんばって3カ国語教える」と親が苦渋の決断を下しても、子どもがその通りに育つわけではありません。子どもの年齢、性格、言語との相性、生活環境などによって、言語の発達具合は全然違います。あるアメリカ帰りの友人は、「私は二言語できるけど妹は英語を忘れてしまい、『私もお姉ちゃんみたいだったら』と言われる」と話していました。たとえきょうだいでも、言語を吸収する時期や本人の気質によって結果が変わります。「国際結婚・帰国子女・外国在住なら全員マルチリンガルになる」というのは、壮大な神話なのです。

 そこで、「英語?」の質問です。日々子どもの言語について悩み、プレッシャーも感じているマルチリンガル家庭の親には、少々センシティブな質問に聞こえはしませんでしょうか。「やっぱり英語が話せないといけないのか」と自分を責めてしまう親もいるかもしれません。「そもそも親の母語は英語じゃなくてフランス語なんですけど」という家庭もありますし。多言語環境に生きることは、日本だと付加価値に見えるかもしれませんが、実は本人たちの生活やアイデンティティ、家族関係、自尊心などを揺るがす深刻な問題です。もちろん、そこまでわかってくれよというのは土台無理な話です。だからこそマルチリンガル家庭の本音が届けばいいなと思い、小さな声を上げてみた次第です。

 まあそもそも、何の前置きもなく「母乳?」「英語?」と質問されること自体が、とまどいの大部分を占めているかもしれません。せめてワンクッション、「こんにちは」とか「元気なお子さんね」のようなひと言があれば印象が違うんですけども。これも、年代や地域差があるんでしょうか。

※AERAオンライン限定記事

◯大井美紗子
おおい・みさこ/アメリカで6年暮らし、最近、日本に帰国。1986年長野県生まれ。海外書き人クラブ会員。大阪大学文学部卒業後、出版社で育児書の編集者を務める。渡米を機に独立し、日経DUALやサライ.jp、ジュニアエラなどでアメリカの生活文化に関する記事を執筆している。2016年に第1子を日本で、19年に第2子をアメリカで出産。ツイッター:@misakohi

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大井美紗子
大井美紗子

大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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