この視点から、今年の結果を見ると、違う絵が見えてくるだろうか。ビリー・アイリッシュのレコード賞、テイラー・スウィフトの「フォークロア」でのアルバム賞、20年のBLM運動再燃のきっかけになったジョージ・フロイドさんの殺害事件をテーマにしたハー(H.E.R.)の「アイ・キャント・ブリーズ」による楽曲賞、ミーガン・ジー・スタリオンの新人賞と、主要4部門を女性アーティストが総なめにし、うち2人が黒人であることを見ると、グラミーはついに重い腰を上げたのか、というようにも見える。

 また過去に、グラミーから不当な過小評価を受けてきたアーティストの一人ビヨンセが、4賞を獲得したことも、過去の過ちを是正するジェスチャーとも受け取れる。賞翌日のLAタイムスの1面トップは、ビヨンセの写真の下に「ウィメン・ルール・ディス・ワールド(女性がこの世界を支配する)」と見出しが躍る記事だった。

■絶対的権威ではない

 一方で、グラミー賞選考のプロセスに疑問を呈するのは、BTSファンたちだけではない。ヒットを飛ばしながら、どのカテゴリーでもひとつもノミネートされなかったカナダ人で黒人のアーティスト、ザ・ウィークエンドは「グラミーは依然として腐敗している。自分、ファンたち、業界に透明性という借りがある」とツイートし、将来的にも、ザ・レコーディング・アカデミーに自分の楽曲を提出しない意向を示している。このほか、ジャスティン・ビーバーが自分がR&Bのアーティストと認識されないことについて抗議の意を発したり、20年に8年ぶりの新譜を発表し、3部門にノミネートされたフィオナ・アップルが、欠席の理由を説明する映像をアップしたり、アーティストたちにとっても、グラミー賞がもはや音楽業界における絶対的権威でなくなったことを示唆する事例には事欠かない。

■BTSがトリだった

 また音楽視聴のプラットフォームが多様化し、国際市場の境界が曖昧になりつつある今、アメリカの「レコード業界」が持つ権威が、時代の変化についていけていないという側面もある。

 アカデミーの会員で、音楽エージェントで文筆家の竹田ダニエルさんによると、こうしたことは、音楽業界全体が抱える問題でもある。

「アーティストもリスナーも多様化し、音楽を聴く手段も多様化しているのに、業界の構造や価値観が、リベラルではあるとはいっても、人種問題、社会問題になると、(現実社会より)一周遅れている感があります」

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