「水の中では人と人との会話がなくなりますよね。水中での体の動きは、まるでダンスをしているようにも見える」

 ロゴフスキもベーアも、ダンサーを経て俳優になった。言葉ではなく、体を通して語ることができる役者という点にも魅力を感じている。

 ペッツォルト監督が描く男女の前には、自分の力ではどうにもならない、大きな障壁が立ちはだかる。「水を抱く女」も例外ではない。

「興味があるのは、恋愛ありきの男女ではなく、出会うはずのなかった二人の人生が交わっていくこと」と言う。

「“愛”はすべてに打ち勝つことができる、と捉えられることが多いですが、私は少し違うんです。近づいたかと思えば離れていき、誤解があり、裏切りがある。愛とは、常に危険にさらされているものである、と思っています」

◎「水を抱く女」
「人魚姫」のモチーフにもなった“水の精”の神話をもとに、宿命を背負った男女を描く。3月26日から公開

■もう1本おすすめDVD「未来を乗り換えた男」

 映画「水を抱く女」で主演を務めたパウラ・ベーアとフランツ・ロゴフスキはいま、ドイツ映画界で引く手数多の存在だ。そんな二人は、クリスティアン・ペッツォルト監督の「未来を乗り換えた男」(2018年)でも共演している。

 ゲオルク(ロゴフスキ)は、祖国ドイツに吹き荒れるファシズムを逃れパリにやってくるが、パリもまたドイツ占領下に置かれようとしていたことから南仏マルセイユを経てメキシコに向かおうとする。その途中で、ゲオルクは亡命作家である夫の行方を捜すマリー(ベーア)に出会う。

 ナチスの史実と現代の難民問題を重ね合わせた意欲作であり、時間や空間を自由に飛び越えていく作風は、「水を抱く女」にもつながる。「古いものがあり、新しいものがあり、そして未来がある。映画とは、そうしたものが混在する複雑な世界を描くこと」と、ペッツォルト監督は口にしていた。

 取材では、「実は『水を抱く女』は『未来を乗り換えた男』の続編のような位置づけでもある」とも。「水」「男女」「悲劇」。ヒントはそのあたりに。2作続けて観ることで、新たな発見がありそうだ。

◎「未来を乗り換えた男」
発売元:ニューセレクト 販売元:アルバトロス
価格3800円+税/DVD発売中

(ライター・古谷ゆう子)

※AERA 2021年3月29日号