玉川奈々福(たまがわ・ななふく)/横浜市生まれ。浪曲師・曲師。1995年、二代目玉川福太郎に入門。企画力や文化庁文化交流使としての活躍で、第11回伊丹十三賞受賞。語り芸の源流を探る『語り芸パースペクティブ』(晶文社)を上梓予定(撮影/写真部・高野楓菜)
玉川奈々福(たまがわ・ななふく)/横浜市生まれ。浪曲師・曲師。1995年、二代目玉川福太郎に入門。企画力や文化庁文化交流使としての活躍で、第11回伊丹十三賞受賞。語り芸の源流を探る『語り芸パースペクティブ』(晶文社)を上梓予定(撮影/写真部・高野楓菜)

 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。「書店員さんオススメの一冊」では、売り場を預かる各書店の担当者がイチオシの作品を挙げています。

 玉川奈々福さんによる『浪花節で生きてみる!』は、編集者として知の巨人たちと仕事をする中で、「知」ではない「身体性」のお稽古事をと始めた浪曲三味線との出合いから究極の情感の芸能のリーダーになるまでの一代記であり、浪曲の入門書でもある。著者の玉川さんに、同著に込めた思いを聞いた。

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 昨今の浪曲ブームを牽引(けんいん)する人気浪曲師の玉川奈々福さんが本を出版すると聞いた時から軽い興奮を覚えていた。というのも今や浪曲界のスターともいえる奈々福さんが、元は有名出版社の名編集者だったからだ。この頭脳勝負の「知性」から「身体性」の芸能へどうやって舵(かじ)をきることができたのか、ずっと知りたくてウズウズしていたのだ。

 本書では、浪花節と呼ばれる浪曲がどういう価値観をもつ芸能で、奈々福さんがどのように魅了されていき、浪曲師の道を歩んできたのかのすべてが解き明かされている。もちろん私が知りたかったことにも踏み込んでいる。

「(知性ではない)身体的な教養を身につけたい。にわかには言葉にならないものを自分の中に溜め込もうとしたのです」

 それは「浪曲という芸能が描く物語と、それを演じる人たちの、イマドキの世の中の価値基準とはおよそかけはなれた、のびやかな世界」へ心身ともにもっていかれたということだった。

「話芸の中で浪曲は、情感的にはいちばん過剰な芸能です。人の心を動かそうと浪曲師が節(声)で歌い上げる、伴奏の三味線までがまるで泣いたり笑ったりするように弾いて、情の繊細さを共鳴しあうんです。人の情の濃さを描く現代に残されたユートピアですね」

 昼は編集者、夜と土日は浪曲師という二足のわらじ時代もあった。「身体そのものから発せられる情報の豊かさ」こそが浪曲の醍醐味とわかっていても頭と身体の折り合いがつけられなかった苦しい時期もあった。昼間の「知」の重心が夜、舞台で下に降りてこない。「体とココロが引き裂かれるようだった」

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