「私はずっと、いわゆる“トランプの地”で映画を撮影してきました。でも、自然災害が起きたりした時、自分はどっちの候補に投票したかなんて、関係ないんです。みんなで力を合わせて生き延びるしかない。それはアメリカ開拓時代の精神だったはずだけれど、もはや失われてしまっている。人間には、違いよりも共通する部分のほうがずっと多いのに。今作の撮影中も、“バケツにうんこをしたら仲間入りだ”(車上生活では、用を足す時にバケツを使う)という言葉を何度も聞きましたよ(笑)。そこに年収や政治は関係ないんです。今作を通じて、そのことを伝えられたらと思っています」

◎「ノマドランド」
アメリカの大自然を背景に、移動する先々で出会うノマドたちとの心の交流が描かれる。3月26日公開

■もう1本おすすめDVD「ゲット・アウト」

「ノマドランド」でオスカー最有力とされるクロエ・ジャオは、映画通にはこのひとつ前の「ザ・ライダー」(2017年)ですでに注目されていた。同作はインディペンデント・スピリット賞に4部門でノミネートされたのだが、受賞はしていない。彼女を制して作品賞と監督賞を獲得したライバルは、ジョーダン・ピール監督の「ゲット・アウト」(17年)だ。

 450万ドルの低予算で作られ、全世界で2億5千万ドルを売り上げた「ゲット・アウト」は、ホラーの中に社会風刺を織り交ぜた、実に斬新な傑作。ピールが脚本を書き下ろしたこの映画で、主人公の黒人男性クリス(ダニエル・カルーヤ)は、白人の恋人の実家を初めて訪ねる。そこでクリスはいくつかの奇妙なことを目撃し、やがて自分がとんでもない状況に陥れられようとしていると気づく。

 コメディー出身のピールらしく、上手に笑いがちりばめられているのもいい。ホラーに冷たいアカデミーから脚本賞を授与されたという事実も、豊かな独創性を証明するもの。今年のアワードシーズンでも健闘中のカルーヤが初のオスカー候補入りをした作品としても見逃せない。

◎「ゲット・アウト」
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
価格1429円+税/DVD発売中

(フリーランス記者・中村千晶)

AERA 2021年3月22日号