実際、今回のライブ・アルバムに収められた当日の公演会場には、若いリスナーが大勢詰めかけたという。現在の細野のバック・バンドのメンバー(高田漣、伊賀航、伊藤大地、野村卓史)も細野を聴いて育った世代。活動開始から約半世紀が経過し、今なお……いや、今こそ全盛期を迎えているのは、細野の作品が時代や世代やエリアを超えているばかりか、そこに大きく太い柱のような音楽人としての誇りがあるからに他ならない。そうしたことが、この『あめりか Hosono Haruomi Live in US 2019』というライブ・アルバムから感じ取ることができる。

 ここでのライブは「Tutti Frutti」で始まる。リトル・リチャードで知られる1955年のロックンロールのヒット曲。軽妙な演奏と細野のつぶやくようなボーカルが実に洒脱だ。ポピュラー音楽の大作曲家の一人、アービング・バーリンの「The Song is Ended」をとりあげたと思ったら、YMOもお手本にしたクラフトワーク「Radio Activity」にまで手を伸ばす。もちろん、ジャズやボードビル調アンサンブルに大きくアレンジされていて全く違和感はない。

 細野によるオリジナル曲「住所不定無職低収入」「Choo Choo ガタゴト」(アメリカ編)「Pom Pom 蒸気」といった初期のソロ作に収められた代表曲もさりげなく織り込む。もちろん、これらの曲には既にアメリカのみならず様々な国の音楽の要素が練りこまれているわけだが、それらが日本人の細野というフィルターを通して、現代アメリカのオーディエンスの前で披露されるという奇妙な快感といったらどうだろう! 「Honey Moon」では細野からの影響を公言するアメリカの若きアーティスト、マック・デマルコがゲストとしてステージで共演もしているのだ。

 けれど思うのは、ここで細野とバック・メンバーたちがやっているのは実は本来的な意味のロックンロールに他ならないのではないかということだ。人々の間で伝承されてきた名もなきフォークやブルーズから、バート・バカラックやジョージ・ガーシュウィンの残してきた名曲まで……確かに細野は大衆音楽のなんたるかを知り尽くし、それぞれの音楽のマナーに沿った演奏や作法を身につけている。だが、そんな彼と仲間たちが軽やかにアプローチするとそれはロックンロールになる。というより、ロックンロールというのはもともとそうしたハイブリッドで自由なものであったはずだ。現在73歳の細野が実はどんな若い世代のミュージシャンより柔軟で、他方、ロックンロールによって大きく軌道が変わったポピュラー・ミュージックの歴史を頑固に継承していることの意味の大きさを痛感せずにはいられない。(文/岡村詩野)

AERAオンライン限定記事

著者プロフィールを見る
岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

岡村詩野の記事一覧はこちら