西川美和監督は、これまでオリジナル脚本に基づいた映画を撮ってきた。初めて原案となる小説を下敷きに作り上げた映画が「すばらしき世界」(全国公開中)だ。主演の役所広司とは初タッグとなる。AERA 2021年2月22日号から。
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映画「すばらしき世界」は、ノンフィクション小説『身分帳』(佐木隆三著)を原案に、人生の大半を刑務所で過ごしてきた男が悪戦苦闘しながら社会に復帰しようとする姿を通して、見る者に生きることの意味を問いかける。主人公・三上正夫を演じるのは役所広司だ。
■狂気と善性を併せ持つ
西川美和(以下、西川):『身分帳』を読んだ直後は役所さんにお願いしようとはまだ考えていませんでした。主人公は小柄ですし、40代の設定だったのでシナリオを書いていくまでのリサーチをしつつ、主人公は「誰がいいんだろう」と悩んでいた時に、「ディア・ドクター」の頃から伴走してくれたプロデューサーが「これこそ役所さんじゃない?」と後押ししてくれました。(師匠であり同じ会社の)是枝さんにも相談したら、「その役所さん、観たい」と賛成してくれまして。
役所広司(以下、役所):是枝裕和監督がですか。
西川:はい。それで、「確かに役所さんなら、狂気と善性の両面を色濃く持つ、この複雑な主人公を演じ切ってもらえるに違いない」と奮い立ち、満を持してお願いしたんです。
役所:西川さんからオファーをいただいた時は、台本はまだなかったんですよね。でも、僕は受ける気でいました。西川監督の映画であることと、『身分帳』が原案になるというのも非常に興味深かった。僕が出演作を決めるポイントは、大体は監督です。今まで作ってこられた映画を見て決める。いい監督のところにはいいスタッフもキャストも集まりますからね(笑)。
映画は三上が旭川刑務所を出所するところから始まる。三上が向かった先は東京。身元引受人の庄司弁護士(橋爪功)と妻の敦子(梶芽衣子)の助けを借り、新たな生活を始める。一方、テレビ制作会社を辞め、作家を目指していた津乃田(仲野太賀)は、テレビプロデューサーの吉澤(長澤まさみ)から仕事の依頼を受ける。彼女は三上が心を入れ替えて社会復帰し、生き別れた母と再会するという筋書きのドキュメンタリー番組をもくろんでいた。渋々引き受けた津乃田は、三上の密着取材を始めるのだが……。