辻愛沙子(つじ・あさこ、25)/1995年生まれ。企画会社「arca」代表。慶應義塾大学入学後、社会派クリエーティブを掲げ、広告や新規ブランド、イベントを手掛ける(写真:本人提供)
辻愛沙子(つじ・あさこ、25)/1995年生まれ。企画会社「arca」代表。慶應義塾大学入学後、社会派クリエーティブを掲げ、広告や新規ブランド、イベントを手掛ける(写真:本人提供)

「森発言」は、日本社会が抱える構造的問題を浮き彫りにした。個人を責め、辞めたら終わりでは何も変わらない。AERA 2021年2月22日号で、クリエーティブディレクターの辻愛沙子さんが語る。

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 これだけ批判の声が広がったのは、家庭の中や職場など社会のあらゆる場面で、森さんの発言を水で薄めたようなことや、さらにひどいことが起こっていて、たくさんの人たちがまるで自分が言われたかのように受け止めたからだと思います。

 私自身も思い当たる経験があります。出席者が年上の男性ばかりの会議で、私が発言するたびに進行役の年配男性に途中で遮られました。同じことを別の男性が言うと「素晴らしい」となる。彼の中には若い女性が年上の男性に向けて進言するという概念が存在していないんだと感じました。ただ、総じて「男性だから」「年配だから」女性を見下すわけではありません。実際、その進行役に一緒に怒ってくれた年配男性もいました。私が一緒に仕事をしながらジェンダー・イコーリティー(男女格差是正)の視点が必要だとずっと言ってきた中で、価値観が変容した方たちでした。

 森さんの周りには気づかせてくれる人がいなかった。多様性のない組織はこういう問題が起こる。これは社会構造の問題で、ただ単に彼一人が辞任すれば問題は終わりではありません。

 私は、年齢の上下や男女にかかわらず、私の知らない視点を持っている人はリスペクトの対象だと思っています。自分が知らない視点に触れることはものすごくプラスで、自分をアップデートできる。だからこそ多様性が必要なのに、それを拒んだのが今回の結果だと思います。

 今回の発言を世代の対立構造で語ることも意味がないと思います。年齢の問題じゃなく、時代時代に合わせてアップデートしていけるかどうか。

 今は1ツイートがどこまでも届く時代です。発言の先に多くの人たちがいるから、発信する際はいろんな人たちの視点をできる限り網羅しようとする。ただ私を含め誰しも無自覚な偏見をどこかに持っていますから悩むわけです。強い影響力を持った方ならなおさら影響は社会にも及ぶ。自分の特権性や配慮なき発言が誰かを踏みつけてしまうかもしれない、という恐れを持つことがより必要なのではないでしょうか。

 オリンピックは権威も予算もものすごく大きい。だからこそレジェンドだけでなく新しい才能にも投資できる。でも、競技場のデザインや開閉会式にかかわる予定だったクリエーターはレジェンドばかり。運営側も表に出てくるのは年配の男性ばかりで、多様性がない年功序列の日本社会そのもの。五輪から心が離れていきました。今が、多様性のない閉鎖的な組織の構造を変えられるぎりぎりの分岐点だと思います。

(構成/編集部・深澤友紀)

AERA 2021年2月22日号