もともと『アメリカの没落』は、ギンズバーグが65年から71年にかけてのアメリカ放浪中に、ボブ・ディランからプレゼントされたという携帯用のレコーディング機材を使い、自身の朗読した声を録音、それを文字に起こして完成させたものと言われている。今、多くのミュージシャンたちが曲作りのきっかけとして、小型のボイス・レコーダーやスマートフォンのボイスメモを用いているが、その手法をギンズバーグは半世紀も前にとりいれていた。詩の内容や思想はもとより、それら着想のアイデアを形にしていくまでのプロセスやメソッドも、今の時代にも通じていることに気づく。

 ゆらゆら帝国での活動を経て、現在はソロとして活躍する坂本慎太郎がとりあげた「Manhattan Thirties Flash」は、淡々と刻まれたビートに導かれるように、「1930年代、マンハッタンへのフラッシュバック……」と始まる坂本による日本語詞が、ギンズバーグのナレーションに重なる1曲。冷徹かつ挑発的な展開にジリジリと手に汗がにじんでくる。エモーションと冷徹さが同居した、まさにギンズバーグの朗読さながらの仕上がりだ。

 かたや、これまでに日本ツアーも多く行ってきたイ・ランは、イ・ヘジのチェロと歌声だけで成立させたシンプルな「Pain on All Fronts」で参加。もともと「Death on all Fronts」というタイトルだったギンズバーグの作品が、アレン・ギンズバーグ作品の韓国語訳をこれまで手がけていたキム・モギンによる訳で新たな楽曲となった。イ・ランの凛とした歌声とチェロの深い音色とが静かに寄り添った仕上がりは、まるで呼吸をしているかのよう。友人や自分自身に語りかけるように話していたというギンズバーグ自身のポエトリー・リーディングに静かな脈動が感じられるのと、とても似ている。

 イ・ラン自身、今回のこのトリビュート企画に参加したことについて、このように告白している。
 「わたしは今まで他人のつくった詩を歌ったことはほとんどありませんでしたが、今回、国も時代も超えた他者の詩を歌う経験は特別なものでした。アレン・ギンズバーグの英語の言葉を韓国語に翻訳して生まれた“翻訳調”で歌うことになりましたが、それも今までやったことがなかった分、逆に面白い体験となりました」

 なお、このトリビュート・アルバムの収益は、すべて音楽を通して米国の選挙制度における有権者登録と民主主義への参加・促進を呼びかける団体『ヘッドカウント(www.headcount.org)』に寄付される。ギンズバーグの詩が今のこの窮屈な時代にこそ、黒く不気味に光り輝く、リアリティある言葉であることをぜひ実感してみてほしい。
(文/岡村詩野)

 ※AERAオンライン限定記事

著者プロフィールを見る
岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

岡村詩野の記事一覧はこちら