「当初はマラドーナをカメラに収めるつもりだった。スタジオを借り、カメラクルーを連れていったが、何度もドタキャンが続いた。これでは予算が持たないと悟り(笑)、いっそ取材なしでもいい、彼の黄金時代の映像がここにあるじゃないかと思った」

 ところがその後、今度は取材に応じると連絡があり、監督は音声だけを自分で録音することにして、単身で取材に臨んだ。

「結局何度かに分けて、9時間のインタビューが録れた。この方法にして良かったと思う。カメラがあると人は構えるものだ。僕は彼に演技をして欲しくはなかった。ただ真実だけを語ってほしかった」

「ピッチに立つと雑音が消える。嫌なことは忘れるし、すべてが消える」と、マラドーナは言う。望む望まないにかかわらず、神として崇められ、その後転落した悲劇の天才。本作はその姿を余すところなく伝え、観る者の心を鷲掴みにする。

◎「ディエゴ・マラドーナ 二つの顔」
秘蔵の映像と共に、神であり悪魔と言われた天才的サッカー選手の光と影に迫る。公開中

■もう1本おすすめDVD「アイルトン・セナ~音速の彼方へ」

 ディエゴ・マラドーナとアイルトン・セナには共通点がある。共に南米出身で、同時代に生きたスポーツ史に残るレジェンドだ。二人はいわばコインの裏と表のような存在といえる。マラドーナが華々しいキャリアを築きつつ、スキャンダルで凋落したのに引き換え、セナは決して道を踏み外さず、絶頂期の34歳でサーキットに散った。そして、アシフ・カパディア監督により、二人の雄姿はドキュメンタリーとして残された。

 できるだけ本人とその近しい者のコメントだけで、対象の姿を深く掘り起こそうとするこの監督の手法は、ドキュメンタリー1作目にあたる「アイルトン・セナ~音速の彼方へ」(2010年)で、すでに確立されている。カパディアはレースのダイナミックなアーカイブ映像や当時のインタビュー、家族によるホームビデオの映像などを用いて、セナの人となりに迫る。とくにライバルのアラン・プロストやFIA会長との確執により、政治的な駆け引きに翻弄されながらも自身のやり方を貫いたこと、人として高潔であろうとした姿勢は印象深い。純粋なまでに走ることを追求した孤高のレーサーの姿に、胸が熱くなる。

◎「アイルトン・セナ~音速の彼方へ」
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
価格1429 円+税/DVD発売中
(ジャーナリスト・佐藤久理子)

AERA 2021年2月15日号