大切なのは「一人」ではなく、しゃべらないこと。いつもなら客が多くて入れない名店を一人でたずねるのも悪くない
大切なのは「一人」ではなく、しゃべらないこと。いつもなら客が多くて入れない名店を一人でたずねるのも悪くない

 このコロナ禍で働き方や暮らし方は大きく変わった。それは「食べ方」もしかり。「孤独のグルメ」よろしく、一人で、黙って食べることに注目が集まっている。AERA 2021年2月15日号に掲載された記事で、記者が実際にトライした「黙食体験」を紹介する。

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「客が少ない今の飲み屋はナチュラル・ソーシャルディスタンス。一人で飲むのに問題ない」

 年明け、新型コロナウイルスの第3波対策で「急所」とされた飲み屋の取材で東京・新宿を訪れると、ある店の客の男性にこう言われた。記者もすっかり外食しなくなったが、「なるほど」とも思う。ならば、と沈黙の一人飯を試してみた。

 東京・恵比寿の「串遊海鮮 かいり」。平日午後5時半に訪れ、検温と手指消毒をしてカウンター席へ。3組の先客がいたが距離はある。ついたても設置され、入り口の換気も十分だ。

■若者も「大声」ではない

 店の名物のカキやエビの刺し身、お酒をやりながら周りの様子を観察。客は全員が若者で、大声で騒ぐ様子はない。ただ、「マスク会食」ではない。そして、入店から1時間近くたってこの日一番の緊張が走った。

 自席の左側に男女が通された。座席は一つあけて、記者に近い方のいすに女性が座った。距離は1メートルちょっとか。ソーシャルディスタンスは厳しそうだ。それでもついたてはある。「大丈夫かな」とは思ったが、そもそも女性がこちら側を向くこともないので、飛沫を飛ばし合うこともない。

「発泡した日本酒ってうまい」

「『カキえもん』って、○○○さんがずっと昔に取材していた北海道のカキだな」

 そんなことを考えながら飲食だけに集中して1時間半ほど過ごした。そして、注文時以外は口を開かなかった。

 運営会社「フードキャッチ」の笹岡史佳(よしふみ)社長(42)は現在、渋谷区内で6店舗の飲食店を経営する。このうち4店舗では営業そのものを自粛していて、2店舗は時短要請に応じている。ただ、東京など10都府県で緊急事態宣言が継続となり、今後は一部で要請に応じられない店舗も出てくるという。

 笹岡社長はこう期待する。

「注目されている『黙食』から一人での飲食を楽しむきっかけになってほしい。店側や行政がそうした客を優遇するといったこともできると思います」

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