現在、小学生になる子どもたちにはタイのスポーツであるムエタイを習わせ、タイに何度も連れていっている。自分のルーツである国や文化に誇りをもってほしいからだ。子どもの友達やその親にも事実を伝えているが、住んでいる地域にはもともと外国人が多いこともあり、特別視する人はいないという。

■LGBTカップルも

 提供精子や卵子で子どもをもつという選択肢は、LGBTカップルにも広がる。最近は知人等から精子・卵子の提供を受けるLGBTカップルも多いが、彼女・彼らも、子どもの出自について、告知に積極的な人が多い。子どもを育てるLGBTの団体「にじいろかぞく」代表の小野春さんはこう話す。

「同性カップルは男女の夫婦と違って、子どもが自然と自分の出自に関心を抱きます。提供精子・卵子で生まれたことを隠すのは難しいこともあり、出自を知る権利をとても真剣に考え、告知を実践する人が多いです」

 このように子どもの権利を守ろうと行動する人々も増えている一方、告知に慎重になる人々も多い。子どもの権利とわかってはいても、配偶者や親と意見が合わず隠さざるを得ない人もいる。そもそも日産婦がドナーを匿名とする方針なのだから、隠すのは当然だと考える人も少なくない。出自を知る権利を法で認め、ドナー情報の保管を義務づけているヨーロッパの国ですら、子どもに事実を告知しない親はいまだに多いのが実情だ。

■自分が何者なのか

 AIDで生まれた当事者の石塚幸子さん(41)は、大人になってから事実を知らされ、自分が何者かわからなくなる経験をした。石塚さんはこう話す。

「私は当事者として『出自を知る権利』を法律で認めてほしい。でも子どもは親からAIDで生まれたことを告知してもらえなければ、その権利を行使できません。出自を知る権利が認められれば親の意識も多少は変わるでしょうが、それだけでは足りない。告知を進めるための親への支援も必要だと感じます」

 昨年末には、提供精子・卵子で生まれた子どもの親子関係を定める民法特例法が成立した。明治時代に定められた民法では、このようなケースが想定されておらず、現状に合わなくなっていたためだ。だが特例法にも、子どもの出自を知る権利については盛り込まれず、今後2年をめどに検討すると附則に書かれるにとどまった。子どもたちのアイデンティティーを巡る問題が、「時代遅れ」のシステムの中で放置されてはならない。(ライター・大塚玲子)

AERA 2021年2月8日号より抜粋