それもそのはず、戦後の韓国の人々にとっての日本は、「経済援助のドナー」と「北朝鮮と戦うための反共の同志」という二つの顔しか見えなかった。いずれの顔も、北朝鮮と体制競争を繰り広げた保守政権が必要としたもので、文政権を支える進歩系の人々には関係のない世界だった。文政権の関心事項は、南北関係と保守との政治闘争の二つしかない。

 二つの問題を巡る状況の変化が、今回の文大統領の対日姿勢にも大きな影響を与えている。

 まず、南北関係の厳しい現状だ。文政権は22年5月の任期満了までに、もう一度南北首脳会談を行い、政権のレガシーを残そうと躍起だ。だが、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)総書記は1月の党大会で、「現時点で、南朝鮮(韓国)当局に一方的に善意を示す必要はない」と冷たくあしらった。

■米新政権にアピール

 正恩氏はこの際、「(韓国が)我々の正当な要求に応え、北南合意を履行するために動き次第、対応する」と語り、米韓合同軍事演習にも言及。こうなると、南北関係改善には、米韓合同軍事演習の縮小や米国が難色を示す北朝鮮への大規模な経済支援が不可欠になる。

 韓国はできれば今夏の東京五輪・パラリンピックの機会に南北外交を展開したい考えだ。もちろん、新型コロナウイルスの感染拡大で五輪の開催も極めて不透明だ。それでも、日韓関係を改善できれば、日米韓協力を訴えるバイデン米新政権へのアピールにもなり、米国の協力を得やすくなると考えている。文大統領が1月21日の国家安全保障会議で、インド太平洋の秩序に言及したのも、日米が同地域を巡る戦略に強い関心を示しているからだ。

 もう一つが保守との闘争を巡る強硬派の退場だ。その代表例が、19年秋に起きた自身と家族を巡る不正疑惑で法相を辞任したチョ国(チョグク)元大統領府民情首席秘書官だった。チョ氏は検察改革のなかで、SNSなどを通じ、自分たちの政策に批判的な勢力に親日派のレッテルを貼った。

 チョ氏ら進歩強硬派は日本に関心があるわけではなく、国民が公然と支持しにくい「親日派」のレッテルを借用したに過ぎない。ただ、こうした発言が日本の反発を生み、さらに韓国も応酬するという悪循環を招いた。

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