情報収集のターゲットで有名なのは、金正日(キムジョンイル)総書記の長男で2017年に暗殺された金正男(キムジョンナム)氏だった。正男氏は90年代を中心に、たびたび訪日した。六本木に近い赤坂の外れにあったクラブ「ベラミ」がお気に入りの店だった。正男氏はたびたび、ベラミで働く女性をお持ち帰りしていた。

 81年に国家安全企画部、99年に国家情報院と名を変えたKCIAの要員たちは必死に正男氏に関する情報を収集した。当時はまだ、正男氏が次の北朝鮮最高指導者に就く可能性が高いとみられていたからだ。お持ち帰りされた女性たちの正男氏に対する評判で、悪いものはなかった。「紳士的で女性に優しい」「気遣いができて、団体客が来ると、自分から小さなテーブルに移動していた」などといった話ばかりだった。

 その正男氏の後継者への道を閉ざしたのも国情院だった。

 正男氏は01年5月、シンガポール発の日本航空便で成田に到着した。ドミニカ共和国の偽造旅券を使っていることが判明し、日本当局に拘束された。正男氏は世界中のさらし者となったうえ、強制退去処分となった。金正日総書記は、正男氏を守り切れなかった周囲の関係者を責めたが、正男氏への愛情は変わらなかった。ただ、後継者として扱うことは断念せざるを得なかった。

「正男氏の日本行き」をリークしたのは、正男氏と後継争いを繰り広げていた金正哲(キムジョンチョル)・金正恩(キムジョンウン)兄弟の母、高英姫(コヨンヒ)氏の支持勢力だったとされる。ただ、リークは北朝鮮と関係が深いシンガポールの情報機関に対して行われた。シンガポールがこの情報を提供した先が国情院だった。

 国情院は日本当局に更にリークしたが、情報提供を受けた入国管理局が正男氏を拘束することまでは予想していなかった。国情院は、日本が金正男氏を泳がせ、どのような行動を取るのか、逐一情報収集することを期待していたという。

■韓国では盗聴や盗撮も

 これは、韓国と日本の情報機関の性格の違いが作用している。国情院は映画でも描かれているように、韓国で盗聴や盗撮も当たり前のように行う。ソウルでは、日本政府関係者やメディアが主なターゲットになる。

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