一方、前出の久古さんは自身のトライアウト挑戦について「合格は難しいと思っていた」と振り返りつつ、別の意味で「あってよかった」と語る。

「もう一度プロで、との思いは強くありましたが、18年シーズンのパフォーマンスや年齢を冷静に考えると、正直厳しいだろうとも感じていました」

 それでも受験を決めたのは、区切りをつける場にしたいとの思いがあったからだ。

「いつ出番があるかわからない中継ぎ投手の私は、最後の登板がいつだったかよくわからないまま戦力外になってしまった。野球人生を出し切って悔いのないように終わりたいし、家族にも投げる姿を見てほしい。トライアウトを『区切り』としてやり切りたいという思いでした」

■ハイタッチで迎える

 実際、同じような思いでトライアウトに臨む選手は多い。死に物狂いでプロ復帰を目指す選手が集まり、殺気立つと思われがちだが、例年会場の雰囲気は実に明るい。昨年のトライアウトでも、ヒットを打った打者をハイタッチで迎えたり、マウンドを降りる投手に拍手を送ったりするシーンが多くみられた。

 久古さんは続ける。

「私自身、仮に打たれても『ナイスバッティング』と素直に声をかけられたと思います」

 ファンの思いも同様だ。20年は新型コロナウイルスの影響で一般公開されなかったが、例年、会場には多くのファンが詰めかける。過去2回トライアウトを会場で観戦し、昨年もネット中継を見守ったというヤクルトファンの女性(25)は言う。

「もちろん選手のプロ復帰を願っていますが、難しいことはわかっています。それでも、『引退試合』のように最後に精一杯応援したい。トライアウトはファンにとっても大切な場です」

 そして、トライアウトは数々のドラマも生んできた。新庄さんの挑戦には、「勇気をもらった」との声が殺到した。再入団した先で花開いた選手もいる。08年にトライアウトを受験した森岡良介選手(36、現ヤクルトコーチ)は移籍先のヤクルトでブレーク、選手会長まで務め、リーグ優勝も経験した。

 選手とファンの思いを乗せるトライアウト。より実効性のある場とする議論を続けつつ、これからも続いてほしい。

(編集部・川口穣)

AERA 2021年1月18日号

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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