代替わり前に出版した『平成の終焉』にも書きましたが、「象徴とは何か」や「天皇、皇后の役割とは」といったことは、主権者である国民の側が考えるべきことです。しかし2016年のビデオメッセージでは、天皇自身がそれを定義づけたわけです。皇后が国民からさまざまな思いを受け取る客体になったとすれば、ようやく国民が主体になれる場面が出てきたわけで、憲法に適合的な象徴天皇制へと近づいたともいえます。

■体験なしが物足りなさ

 天皇、皇后は現在、ほとんど赤坂御所から出ることがなく、11月からはオンラインで「視察」を始めました。しかしもちろん、それは現場に足を運ぶ視察とは違うものです。じかに接することのできないオンラインであればなおさら言葉に工夫が必要で、まさに天皇や皇后にしか発せないと思わせるような言葉を探さなくてはなりません。

 現上皇の16年のビデオメッセージに説得力があったのは、1960年代から現上皇后と2人で全国各地を訪ね歩いた体験に裏打ちされていたからです。エリザベス女王はコロナの感染が急拡大した20年4月にビデオメッセージを公表しましたが、第2次大戦勃発翌年の1940年にラジオで疎開した子どもたちに語りかけた王女時代の体験を引き合いに出しました。コロナによる「社会的距離」を、愛する人と離れる疎開に重ねたわけです。今回のメッセージには2人の実体験が反映された言葉はなく、物足りなさにつながったと思います。

 天皇は憲法によって国政に関与しないことになっていますので、政治性を帯びないよう、言葉を選ばなければなりません。「感染症の感染拡大防止と社会経済活動の両立の難しさを感じます」という言い回しには、まさにそれが表れています。

 しかし今回、天皇のメッセージが国民にあまり響かなかったのは、彼らのいる場所も関係していたのではないか。赤坂御用地という、完全に隔離され、日々の感染拡大とも無縁な場所から間接的に語りかけるだけでは、コロナ禍で苦しんでいる人々の「現場」は見えてこないからです。やはりテレビやオンラインだけでは、人々の関心を皇室に向かわせるのに限界があることが、今回のビデオメッセージではっきりしたように思います。

(構成・矢部万紀子

AERA 2021年1月18日号

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矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

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