元朝日新聞記者 稲垣えみ子
元朝日新聞記者 稲垣えみ子
青森でリモート講演したご縁で立派なリンゴが我が家に! 早速近所にお裾分けをして鼻高々(写真:本人提供)
青森でリモート講演したご縁で立派なリンゴが我が家に! 早速近所にお裾分けをして鼻高々(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】青森でリモート講演したご縁で立派なリンゴが我が家に

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 というわけで新年早々ではあるが、血のにじむ思いで長年ローンを払い手に入れた我がマンションを大損こいて売ったという縁起でもない話を再開することとする。

 当初は人様に貸して家賃を稼ごうと皮算用を描いたものの、不動産屋さんに諭されリスクを自覚した私。すなわち家主になり店子と縁を結ぶ以上は、店子様の健やかなる時も病める時もガチで付き合う覚悟が必要なのだ。家賃を頂くとはそういうこと。不労所得などこの世にはない。つまりは家主という「職業」につく覚悟が私にありやなしやが問われているということに気づいたのであった。

 で、結論はすぐ出たね。私にその気は全くなかった。何しろ会社を辞めて以来、お金以上に「縁」を頼りに生きている。というのも給料がもらえなくなったもんだから「金がなければ幸せになれない」という常識をひっくり返すしかなく、幸せになる必須アイテムはお金より良縁、すなわち信頼できる仲間と思い込むことにした。すると程なくして、お金と縁の奇妙な関係に気づくこととなった。すなわち、金を溜め込もうとすると悪縁が寄ってくるのである。

 そう悪縁とは大概、自分が「欲をかいた」ときにやってくる。そして私は楽して少しでも多くの家賃を稼ぎたいと思っていた。そこに労力や心を使いたいとはちっとも思っていなかった。となれば店子が少しでも自分の思う通りに動かないと神経をとがらせイラつくこと間違いなし。互いの心はささくれ良縁もたちまち悪縁となるであろう。残り少ない人生の貴重なエネルギーと時間をその悪縁に吸い取られること自体が何より大損だ。

 ということを瞬時にして考え、私は「家主になってウハウハで定期収入」という夢をスッパリ捨てたのでありました。一昔前なら、つまり会社員時代であったらこんな発想は全くしなかったろう。十中八九、今売れば大損確定だから取りあえず貸しとくかと判断したに違いない。私は成長したのだろうか。いや多分年をとったのだ。それはまあ良いことなのだきっと(つづく)。

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

AERA 2021年1月11日号

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稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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