自宅から車で向かう途中、森田さんは首里城上空が真っ赤に染まっているのを見て涙を抑えられなくなった。正殿を仰ぐ龍潭池の前で諸見さんと合流し、夜明けまでの数時間、崩れていく様子を呆然と見守った。

「私がこの十数年間に培った漆芸のキャリアはほぼ首里城とともにあります。味わったことのない喪失感でした」(森田さん)

 滋賀県出身の森田さんは、琵琶湖の浄化センターで働くプラントエンジニアだった。旅行中に訪れた石川県輪島市の美術館で繊細な漆作品の魅力に触れ、地元の漆芸教室に通うように。独特の風合いを醸す沖縄の漆工芸を雑誌で見たのを機に本格的に学ぼうと05年、沖縄に移住した。南風原町にある工芸指導所(現・県工芸振興センター)で1年間、漆芸の基礎を学んだ。修了して間もない06年10月に始まった首里城の修復作業に携わったことが転機となる。

 天然の漆で壁や柱をコーティングされた首里城正殿は「巨大な琉球漆器」ともいわれる。06年からの修復では、古文書などを参考に琉球王朝時代の琉球漆工の技法に基づく工程で塗り直しが行われた。アブラギリの種子から採った桐油と弁柄を混ぜた塗料を使い、何段階も塗り重ねていく全27工程の根気のいる作業だ。森田さんは言う。

「漆は塩酸や硫酸でも溶けないほど強い皮膜を作りますが、紫外線で分解されやすく、漆塗装だけだと沖縄の紫外線には耐えられません。私たちは正殿の外壁を沖縄の紫外線から守るため、漆で塗り固めた後、桐油を2回塗り重ねて補修しました」

 漆は天気や気温、湿度によって微妙に配合を変える必要がある。屋外の場合、風向きが変わるだけで漆の乾き具合も変わる。漆の知識や塗りの技術だけでなく、沖縄の自然環境も熟知していなければ対応できない。これらを先達の諸見さんに教わった。

 森田さんは19年度、「塗り師」として県の工芸士の認定を受けた。火災後は20年11月から現場入りし、一部損傷した奉神門の屋根材の漆塗装に当たっており、首里城の塗装の魅力をこう語る。

「桐油は天然素材とは思えないほどの艶を放ちます。顔料の弁柄は沖縄で最も映える色です。ぜひ沖縄に来て、風土に溶け込んだ色合いを堪能してほしい」
(編集部・渡辺豪)

AERA 2021年1月11日号

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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