結局、バイデン氏への票は反トランプ票でした。でも、トランプ氏を追い出すというのは政策ではありません。それが悲劇です。この4年間、米国のエスタブリッシュメントはトランプ氏さえ片付ければ十分だと信じてきたのです。

大野:大統領選挙で保守的なキリスト教福音派がトランプ氏を支持しました。米国では信仰はまだ強いのでしょうか。それとも退場を迫られている宗教の「断末魔」でしょうか。あなたは9.11米国同時多発テロが起きたとき、過激なイスラム主義は近代化する社会から取り残されつつある価値観の「断末魔」の現象だと指摘していましたね。

トッド:それは米国の思想的ヒステリー状態を考えるうえでも重要な視点です。日本や欧州で人びとが宗教離れしたあとも、米国では教会に足を運ぶ信者が少なくなかった。しかし2000年代に減っていき、日欧のような「無信仰」の社会になりつつあります。しかし米国ではとくに宗教的帰属意識が個人を共同体に結びつける役割を果たしていました。宗教離れは社会秩序の解体につながります。その不安から政治的なテーマに向かう人が出てきます。

 人種差別への抗議運動は、教会に行かなくなった若者世代にとって、宗教に代わる社会参加になっていそうです。また、その前の世代の保守的な信徒の振る舞いは社会の宗教離れに先立って起きる態度硬化の表れではないでしょうか。歴史社会学的に見ればイスラム教での原理主義と似た現象でしょう。(一部敬称略)

(構成/ジャーナリスト・大野博人)

AERA 2021年1月11日号