1センチでも遠くへ──恐怖心をのみ込み、暗闇の中に身を投じる勇気が飛距離を伸ばす(写真/伊ケ崎忍)
1センチでも遠くへ──恐怖心をのみ込み、暗闇の中に身を投じる勇気が飛距離を伸ばす(写真/伊ケ崎忍)
江戸川区陸上競技場で行われた「車いす陸上教室」のイベントにゲスト出演。千明は障碍者スポーツの理解を広めるため多くのイベントに参加している。スポーツには縁がないと思い込む障碍者に、汗をかく喜びを伝えたいという(写真/伊ケ崎忍)
江戸川区陸上競技場で行われた「車いす陸上教室」のイベントにゲスト出演。千明は障碍者スポーツの理解を広めるため多くのイベントに参加している。スポーツには縁がないと思い込む障碍者に、汗をかく喜びを伝えたいという(写真/伊ケ崎忍)

 東京パラリンピックの走り幅跳びで出場が内定している高田千明。全盲の彼女にとっては、走って跳ぶことは恐怖との闘いだ。高校3年生で視力を完全に失った。それでも明るい性格は変わらない。両親の反対を押して、出産もし、母になった。走り幅跳びを始めたのは、パラリンピックで金メダルを取るため。息子に金メダルをかけることを、胸に誓っている。

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 闇夜の中にぽっかり浮かぶ晩秋の東京都・江戸川区陸上競技場。東京マラソン財団が開催する車いす陸上選手のイベントが行われているトラックの片隅で、長い髪を空中になびかせ走り幅跳びの練習をしている女性がいた。その傍らで長身の男性が手拍子を打ちながら何やら指示している。

 T11(全盲)クラスの走り幅跳びで、東京パラリンピックの出場が内定している高田千明(たかだちあき)(ほけんの窓口グループ=36)とコーチの大森盛一(しげかず)(48)だった。彼らは、新型コロナ禍で練習場の閉鎖が相次ぎ、このようなイベントがあるとゲスト出演する代わりに練習場を使わせてもらっていた。

 車いすがトラックを走るスピード音に耳を傾けていた千明が、「私もやってみたい」と大森に訴える。大森は「また始まった……」と苦笑いしつつ、「練習に集中しろ!」と一喝。千明はぺろりと舌を出す。千明の半端ない好奇心と外連味のない陽気な性格は、彼女の人生を切り開いてきた大きな武器でもあった。

 初めてパラリンピックに出場したのは2016年のリオデジャネイロ。陸上100メートルと走り幅跳びで出場し、100メートルは予選落ちしたものの、競技を始めてまだ3年の走り幅跳びで8位入賞。潜在能力の高さを見せつけた。

 走り幅跳びは恐怖との闘いと千明は言う。確かに私たちも目を閉じてイメージすれば、千明の恐怖感が理解できる。暗闇の中を20メートル以上も全力疾走し、どこにあるかわからない踏み切りで思い切り空中に身を投げ出し、そして身体を整え着地する。砂場にうまく着地できればいいが、少しでも踏み切りが逸れたら地面に叩きつけられ、大怪我を負いかねない。

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