葉真中顕(はまなか・あき)/1976年、東京都生まれ。代表作に老人介護を扱った犯罪小説『ロスト・ケア』(光文社)ほか、『絶叫』(同)、『凍てつく太陽』(幻冬舎)など多数(撮影/写真部・掛祥葉子)
葉真中顕(はまなか・あき)/1976年、東京都生まれ。代表作に老人介護を扱った犯罪小説『ロスト・ケア』(光文社)ほか、『絶叫』(同)、『凍てつく太陽』(幻冬舎)など多数(撮影/写真部・掛祥葉子)

 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。「書店員さんオススメの一冊」では、売り場を預かる各書店の担当者がイチオシの作品を挙げています。

“北浜の魔女”こと朝比奈ハル。その人生を小説にしようと「私」は取材をはじめるが──? 葉真中顕さんによる『そして、海の泡になる』は、終戦、バブル崩壊、コロナ禍をつなぐ社会派ミステリーだ。著者の葉真中さんに、同著に込めた思いを聞いた。

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 現実社会の問題を巧みに盛り込んだミステリーで知られる葉真中顕さん(44)。最新作はまさにコロナ禍のいまを映すリアリズムに溢(あふ)れている。

 バブル時代に巨万の富を築いた女性投資家・朝比奈ハル。しかしバブル崩壊時に殺人容疑で逮捕され、2019年に86歳で獄中死した。物語の語り部である「私」は彼女を知る人々を取材し、その人生を小説にしようとする。

「朝比奈ハルには尾上縫(おのうえぬい)というモデルがいます。戦争体験世代である彼女のことを調べるうちに、バブル崩壊と敗戦体験にはどこかつながるものがある、と感じたのです」

 それまで積み上げてきたものが一瞬で泡となる。仕事や金を奪われ、焦土に放り出された理不尽への憤り。金に執着し、しあわせを求め、再び時代に裏切られた朝比奈ハルの人生を日本の戦後史になぞらえて執筆を進めた。そこにコロナ禍が起こった。

「はじめは楽観していたのに気づいたら取り返しがつかなくなっている。この状況はまさにバブル崩壊や太平洋戦争と似ている。すべてが1本の線でつながりました」

 取材で「私」はさまざまな人に出会う。カルト宗教集団から逃げた若い女性、戦争体験を語る老人、性的マイノリティー、就職氷河期を経てコロナ禍でさらに困窮するフリーター……あらゆる世代の視線が社会を多面に切り取り、そのきしみをあぶりだす。

「人間はいつの時代も似た状況で同じような反応をするものです。『自分と違うものを排除する』感情などは特に非常時で起こりやすい。ただ、ネガティブなことだけではなく『困っている人をつい助ける』といった普遍的な人間のよさも変わらないと思うんです。だから朝比奈ハルもある面で、人を助ける行動をします」

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