「近視の人は本来であれば生きていけない個体ですが、たとえばメガネを作って絶滅させなかった。病気の人も社会でサポートして死なないようにして、その子どもが生まれるから、病気の遺伝子がいっぱいできる。それが遺伝子の多様性を生むんですね」

 遺伝子技術を使うと、女性同士、男性同士で子どもをつくることもできるそうだ。

 実はコリアンダー(パクチー、香菜)の好き嫌いにも遺伝子が関係している。池谷さんのようにカメムシ臭を感じる人は人口の14%。それでもコリアンダーが好きという池谷さんは、マイノリティーの中のマイノリティーだ。

「虫をむしゃむしゃ食ってるみたいな、やばいもの口に入れちゃった感じがたまらなく好き。日常から脱するための一番手軽な出口は、コリアンダーのサラダを食べること。この感覚、みんなにはわからないんだなー」

(ライター・仲宇佐ゆり)

■リブロの野上由人さんオススメの一冊

小説『だまされ屋さん』は、誰にでも身に覚えのある問題を、多彩かつ繊細な会話劇で魅せる一冊。リブロの野上由人さんは、同著の魅力を次のように寄せる。

*  *  *

 賑(にぎ)やかな小説だ。70歳の母親と3人の子、それぞれのパートナーと孫、そして謎の訪問者。登場人物の会話、独白、心の声が家族の問題を語る、語る。どんな家族にもありそうな話題から、なかなかに珍しい事象まで、多彩で繊細な会話劇が続く。そのどこかできっと読者は自身にも覚えのある問題に当たるだろう。特別な誰かの話ではない。

 ジェンダーやエスニシティーの多様性を予(あらかじ)め織り込んだ設定と、発したそばから誰かを傷つけてしまう言葉の暴力性に配慮して注意深く選ばれた表現に、この作家らしさが色濃くにじむ。日常に内在する権力関係を暴く件は、過去の作品にも通ずる。ただ、物語の終盤に向けて、思いのほか楽天的な展開を見せてそのまま終わるのは、少々意外でもあった。読後感は明るい。この挑戦に、作家の強い願いを感じた。

AERA 2020年12月14日号