全国のいのちの電話の連携・調整役を担う日本いのちの電話連盟の佐合信子事務局長はこう懸念する。

「なり手不足は、地方ではより深刻です。このままでは、24時間体制のセンターが深夜帯の活動を縮小せざるを得なくなるかもしれない。全国の関係者が危機感を共有しています」

 自殺防止のイメージが大きいいのちの電話だが、実際に死にたいと強く願っていると思われる電話は20%程度だ。末松理事長はこう説明する。

「厳密に言うと、私たちの取り組みは自殺防止ではなく、広い意味での自殺予防です。悩みごとや困りごとをお聞きして心を通わせる。自殺者を減らすというより、電話してきた方に人の支えがあることを伝え、生を感じてもらうことが目標なんです」

 悩みの大小にかかわらず、相談員はすべての電話に真摯に向き合う。いたずらとわかった場合を除き、原則相談員から通話を切ることはない。相談は1時間を超えることもある。件数ではなく一本一本の電話に向き合うことが、誕生以来の哲学だ。

■相談員だと明かせない

 相談員減少の理由はいくつかある。かつて活動の主力だった主婦が、共働き家庭が多くなって減った。他の相談窓口が増え、有償のものや数カ月の研修で一線に立てるものもあって志望者が流れている。

 相談員になったあとも定期的に研修があり、「いのちの電話は厳しすぎる」という声も聞かれる。しかし末松理事長は言う。

「理解するだけでなく実践できるようになるには長い時間が必要です。相手の心を受け止めるには、まず自分の心と向き合う必要がありますが、それも簡単ではない。ここまでやれば完璧というゴールもありません。常に議論していますが、研修期間や方法は今のところ現状がベストだと思っています」

 交通費や研修費の補助も常に議論されるが、財政的な課題が大きく、活動は相談員の熱意に支えられているのが現状だ。東京で18年にわたり電話相談員を務める60代の女性は、受話器を取り続ける理由をこう話す。

「自分もいろいろと苦しい時期や大変な時期があったけれど、今は人の話を聞くだけの気持ちの余裕がある。今、余裕がある人が聞く、そんなお互い様の気持ちで相談員を続けています」

 電話相談員は、原則として家族以外には自身が相談員だと明かさない。指導的な立場にある一部のメンバーを除き、名前や顔が表に出ることもない。電話をかける側ももちろん匿名だ。

 名も知らぬ者同士の、1度きりの電話のやり取り。だが、その細い糸が誰かに力を与え続けてきた。今日も彼らは電話をとり、声なき声に耳を傾ける。(編集部・川口穣)

AERA 2020年12月14日号より抜粋

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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