旅行読売出版社メディアプロモーション部長の伊藤健一さんによれば、鉄印帳を初版5千部を刷り各社に110部ずつ配布すると即日完売の会社もあったという。表紙の色も、初版の紺に、ピンク、緑、水色、黒の4色を加え増刷している。12月には累計販売部数が3万部を超える勢いだという。購入者は中高年が多いが、女性や若者も少なくないそうだ。

「みなさん鉄道に対するあこがれと、地方鉄道を応援しようという気持ちが強いと感じます。ブームになると思っていましたけど、まさかここまでとは予想外でした。やってよかったという声を、多くの鉄道会社からもらいます」(伊藤さん)

■「記憶+記録」が受けた

 三セク鉄道は、旧国鉄の赤字ローカル線を地元自治体と民間が引き継ぎ共同で出資してできた鉄道だ。周辺住民の足を支えてきたが、沿線人口が減る中、三セク鉄道が置かれた現状はおしなべて厳しい。

 三セク協によれば、2019年度の輸送人員は9507万人と前年度比117万人減。40社中、黒字経営はわずか7社。そこに新型コロナウイルスが直撃し、各地の三セク鉄道は悲鳴を上げている。

 冒頭で紹介したわたらせ渓谷鐵道も、コロナショックで乗客が激減した。トロッコ列車を走らせ、車内から渓谷美を堪能できる観光列車として人気だが、4月と5月の乗客は例年の9割減。窮地に陥る中、「救世主」となったのが鉄印だった。

 同社の品川知一社長(61)は、声を弾ませる。

「鉄印の効果は大きいです。乗客の7%近い方が鉄印を購入され、わたらせ渓谷鐵道にはじめて乗られる方も多く、これをきっかけにリピーターになっていただけると思います」

 鉄印界の「マドンナ」も誕生した。佐藤まつ子さん、御年73。

 秋田県の鳥海山麓を走る「由利高原鉄道」。終点の矢島駅(由利本荘市)の一角にある売店「まつこの部屋」の店主だ。

「お客さんと話ができて私も楽しいです」

 かれこれ30年前から店に立つが、鉄印企画がスタートすると書道の腕を買われ、鉄印帳に直筆で記帳を始めた。今ではまつ子さんの人柄に引かれ、多くの人が訪れる。記帳をしたお客からは後日、感謝の手紙やはがきがよく届くが先日はお礼の品ももらったと、まつ子さん。

「なんだべ、と思ったらお菓子でした。驚きました(笑)」

 同鉄道によれば、4月から6月にかけ輸送人員は対前年で36%減。鉄印による乗客の増加ははっきりとわからないというが、期待は大きい。

「鉄印を求め全国から由利高原鉄道に乗りに来られる方がいらっしゃいます」(同社経営戦略課)

(編集部・野村昌二)

AERA 2020年12月7日号より抜粋

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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