『空洞のなかみ』(1500円+税/毎日新聞出版)/前半が小説、後半は仕事で経験したあれこれのエピソードや思いを綴ったエッセーという異色の体裁。コロナ禍の「空白」の中で思いがけず俳優・松重豊の創作意欲が爆発し、記念すべき初の著作となった(撮影/写真部・掛 祥葉子)
『空洞のなかみ』(1500円+税/毎日新聞出版)/前半が小説、後半は仕事で経験したあれこれのエピソードや思いを綴ったエッセーという異色の体裁。コロナ禍の「空白」の中で思いがけず俳優・松重豊の創作意欲が爆発し、記念すべき初の著作となった(撮影/写真部・掛 祥葉子)

 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。「書店員さんオススメの一冊」では、売り場を預かる各書店の担当者がイチオシの作品を挙げています。

松重豊さんによる『空洞のなかみ』は、前半が小説、後半は仕事で経験したあれこれのエピソードや思いを綴ったエッセーという異色の体裁をとった一冊。コロナ禍の「空白」の中で思いがけず「俳優・松重豊」の創作意欲が爆発し、記念すべき初の著作となった。著者の松重さんに、同著に込めた思いを聞いた。

*  *  *

 初めての著作と聞き、思わず「えっ!」と声が出た。映画にテレビにと活躍する松重豊さん(57)だから著作も何冊か……と思い込んでいたのだ。

「俳優部の人間として、役者であることを究めればいい、他のことはするべきじゃないと思ってきました。そのタガがここへ来て外れたんです」

 外したのは、コロナ禍である。週刊誌のエッセー連載をまとめる話が出て、1冊にするには分量が足りないと編集者と思案したのが今春3月。

「やがて仕事の機会が減ってステイホームの日々です。何もすることがない。そこでつらつらと短編らしきものを書き始めると、一つのテーマにまとまりそうな気配があり、同時に書くことがたまらなくおもしろくなってきました」

 なぜ小説だったのだろうか。

「エッセーはノンフィクションだから、誇張しすぎると嘘になってしまいます。でも、自分の中に誇張で遊びたい気持ちがあったんですね。フィクションなら、リアルで言ってはいけないことを表現したり、妄想を膨らませたりすることも可能です」

 前半が短編12編。後半にエッセー25本。いずれも自身が俳優であることを俎上(そじょう)に載せた内容で、小説とエッセーは響き合っている。そして注目したいのが不思議なタイトルに凝縮された世界観だ。

「40代半ば、仕事で京都に滞在していて、広隆寺に行きました。しばらく弥勒菩薩(ぼさつ)の前にいて、それから歩いて本屋に入り、般若心経の本を読みました。その時、これはロックンロールだと思ったんです。その後やたら仏教の本を読み、座禅をしました。自分を空洞に、真ん中を宇宙にするんです。そして自分が何を表現するかとかどうでもよく、ただ何かが出たり入ったりする容れものになればいいと思ったら、役者をやることに対してすごく自由になれました」

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