東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
※写真はイメージ(gettyimages)
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 宇野重規・東京大教授の『民主主義とは何か』(講談社現代新書)を読んだ。米大統領選の混乱など時宜を得た出版で、版を重ねている。

 宇野氏は民主主義を「参加と責任のシステム」と定義する。共同体の成員が共同体の運営に参加し責任をもつ。その原型は古代ギリシアで生み出され、近代欧州で共和制や代議制、自由主義などと結びつき、いまに至る。けれども歴史を丹念に追っていくと、民主主義の理念が意外と曖昧であることに気がつく。

 民主主義の理念は哲学的にはプラトン以来繰り返し批判されてきた。形態も歴史のなかで変わっている。古代に代議制はなかったし、自由主義との親和性も自明ではない。全体主義に近づく危険すらある。「参加と責任」が本質だといっても、普通選挙が実現し、階級や性に関係なく国民全てがその主体になることができたのはようやく20世紀のことだ。民主主義はまだまだ未完成の理念であり制度なのである。

 2020年のいま、統治をとりまく環境は急変している。SNSが普及し、ポピュリズムが問題になっている。デジタル監視やAIによるビッグデータ解析も整備されつつある。そこに中国の台頭やコロナ禍が重なって、国家の形態は今後大きく変わる可能性がある。宇野氏はいま民主主義が「瀕死」の状態だと形容する。その状況で「参加と責任」の価値を守り抜くにはなにをなすべきか。本書は新書ながら、そんな原理的な問いを投げかける好著である。

 宇野氏は先日の日本学術会議問題で任命拒否された6名の一人である。その点も本書の話題性を後押ししている。しかし氏は、件の問題については初期に声明を出しただけで以後ほぼ沈黙している。訝しむ声もあるようだ。

 その文脈で読むのは氏の本意ではないだろう。けれども筆者には、本書こそが疑念への答えになっていると思われた。「民主主義が脅かされた」と抗議することは重要である。しかし民主主義とは何なのか、本当は誰も正確にはわかっていない。だから同時に問い続けなければならない。それこそが本当の民主主義の条件なのである。

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

AERA 2020年11月30日号

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東浩紀

東浩紀

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

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