さて、ブラックホールの理論的研究については、車椅子の科学者(難病の筋萎縮性側索硬化症ALSを発症)として有名で、ベストセラー『ホーキング、宇宙を語る』の著者としても知られているスティーブン・ホーキングの寄与も大きい。ホーキングは、ペンローズよりも年下だったが、惜しくも2018年に亡くなってしまった(享年76)。もし存命であれば、ペンローズとともに今年のノーベル物理学賞を共同受賞した可能性が高い。その場合、一回のノーベル賞の受賞定員は3名なので、観測実験の二人はまた別の機会に、となっただろう。

■ホーキング同様に「文才」

 ホーキングが、ベストセラー啓蒙書を書いて、科学を広く一般の人々に伝えたのと同様、ペンローズもまた文才を発揮して興味深いテーマを数々と発信した。

 ひとつは数学の分野で、ペンローズの三角形(エッシャーの絵に似た、現実には不可能な、ねじれたかたちをした三角形)、ペンローズ・タイル(これまたエッシャーの絵に似て、2つの異なるひし形の組み合わせで平面を隙間なく埋める)などを発表し、私たちを楽しませてくれたこと。もうひとつは、生命科学最大の謎である脳や意識の問題に鋭く切り込んだ、ある意味で哲学的論考を行ってくれたことである。分厚い本『皇帝の新しい心』が刊行されたとき、この難解すぎる書物に、私は夢中になって挑戦した。

 そして心底驚いた。私たちの脳は、量子論的に働いて意識を生み出しているというのだ。(つづく)

○福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

AERAオンライン限定記事

著者プロフィールを見る
福岡伸一

福岡伸一

福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

福岡伸一の記事一覧はこちら