■医学部人気にかげり

 医学部は、かつてのような人気がないのが実情だ。

 医系専門予備校メディカルラボの本部教務統括、可児良友さんはこう話す。

「08年のリーマン・ショックから、安定して高収入の医師を目指す受験生が増える医学部バブルが起きていました。でも、20年は私大の志願者数が2年連続で減少しました。倍率も下がっています。少子化の影響もあると思いますが、医師の長時間労働が問題視されています。18年に入試差別問題が発覚したことも背景にあるでしょう」

 ここ10年は、値下げをして優秀な学生を取り込む流れだった。特にインパクトが大きかったのは、08年に順天堂大が6年間の学費を約900万円値下げしたことだ。これを皮切りに、昭和大、東邦大、帝京大、東海大、日本医科大などが続々と学費を下げた。

「順天堂大は偏差値が上がって、今では慶應義塾大、東京慈恵会医科大と合わせて『新御三家』といわれるようになりました。それだけに、今回の値上げの流れになるのは驚きでした。特に女子医大はケタが違う。値上げにより、志望校の変更を余儀なくされた受験生もいます。一方で、『学費が上がることで倍率が下がるかも』と期待している高校生もいるようです」(可児さん)

 実際に、約500万円上げた昭和大の今春の志願者数は千人以上減った。が、約200万円増の帝京大はむしろ千人近く増えている。

 どんなに高額でも、医学部に入りたいという学生はいる。

 都内の私立大に通う4年生(23)は、医学部に入るためにはなりふり構わなかったと話す。

「実家が開業医なこともあって、どうしても医学部に入りたかったんです。志望校は、学費は気にせず、10校選びました。金に糸目は付けませんでしたね。学費が数百万円くらいの違いなら、誤差の範囲だという感覚で受験しました」

 受験料だけでも1校あたり6万円かかる。一般の学部のおよそ2倍の破格だ。

■値上げが進める世襲化

 西日本の国立大学を卒業した20代の女性医師は、学生時代にこんな印象を受けた。

「私の周りの私大出身者は、親が開業医や資産を持っていたり、会社の役員だったりする人が多く、お金に困っていない印象です。車はレクサスやレンジローバー。お金に恵まれるのも才能の一つだと思いました」

 受験生側が捻出するお金が、学校を支えているのは間違いない。それだけに、今回の値上げは他大学への「連鎖」につながるのだろうか。前出のメディカルラボの可児さんは、こう分析する。

「東京女子医大を含む中堅医大は、偏差値も学費も同程度の大学が多く、団子状態です。『あそこが学費を上げたなら、うちも』と他大学が追随する可能性もあります」

 今後、学費の値上げが他大学でも起きるようになると、将来的な医療の質にも懸念が生じると話すのは、医療ガバナンス研究所の上昌広理事長だ。大学側にも改革が必要だと話す。

「医療教育のコストを下げないと、世襲化が進みます。すると多様な人材を受け入れられず、医療の停滞につながります。大学はVR(バーチャルリアリティー)で解剖実習をしたり、オンライン授業を導入したりして、効率的な授業をすることが求められます。人件費の高さや競争力の問題から、首都圏の私立大学病院は経営の危機に瀕しています。経営難が続くと、大学病院を大学から分離して、身売りすることになるでしょう。そうなる前に効率化が必要です」

 値上げに頼らない、内側からの改革が求められる。(ライター・井上有紀子)

AERA 2020年11月23日号