「自然の中を歩いていると、風景そのものが作品のように見えるかもしれません。見た人の中に、それぞれの美術館ができればいい。今回はコロナ禍で『文化を止めてはいけない。誰かが方法を考えださないと』と、みんなが思う気持ちから、奇跡的に実現できた芸術祭だと思います」(齋藤さん)

 7世紀後半の白鳳年間に、役行者(えんのぎょうじゃ)が開いたとされるのが、世界遺産・金峯山寺(きんぷせんじ)だ。能や文楽、歌舞伎の舞台として、また『太平記』にも吉野山とともに書かれてきた、特別な存在だ。

 今も修験道の中心的な道場として、多くの修行者、宗教者が宗派を超えて入山修行している。そこには一般の人が参加する山伏(やまぶし)の修行もあり、「女山伏」も増えているそうだ。

■山伏には自然が御本尊

 芸術祭という初の試みを、五條良知管長(56)はこう語る。

「コロナ禍で、寺とはどうあるべきかという認識をあらたにしました。祈りたいとやってくる人に対して、感染が心配だと門を閉めてしまったら、寺といえるでしょうか。特に当寺は在家の修行者の集まる寺です。できる限りの対応をして、祈りたい人を迎え入れたい。何かやらなくてはと思っている時に、福野さんが企画を持ってきたんです」

 地域振興がどうあるべきか、管長と福野さんには長年積み重ねてきた関係性があった。

「みんながやめておけと言う時だからこそ、やってみよう、と。山伏にとっては大自然が御本尊ですが、山の中でアートを見た時に、『山にこんなものがあっても面白いな』と思いました」(五條管長)

 自然の中で出合うのはアートであり、自分自身でもある。「心のなかの美術館」という展覧会名が、歩きながら胸に落ちてきた。(ライター・矢内裕子)

AERA 2020年11月9日号