今回は9月まで会長職にあった山極寿一・前京都大学総長が8月末、105人の新会員候補の一覧表を安倍晋三首相(当時)に提出したが、9月16日に跡を襲った菅首相はこのうち芦名定道・京都大学大学院教授(キリスト教学)ら6人の任命を拒否した。結局、ノーベル物理学賞受賞者の梶田隆章・東京大学宇宙線研究所所長を新会長に10月1日に発足した新体制で、この6人は任から漏れた。

 設立当初は学者間の選挙で会員を選ぶ方式だったが、83年の法改正に伴い研究分野ごとに候補者を推薦し、それを首相が任命する方式に改められた。

 このため独立性の担保については国会でも議論になり、当時の中曽根首相や政府担当者が再三にわたり「形だけの推薦制」を強調、学会からの推薦者を拒否せずそのまま任命することを明確に答弁していた。タカ派的な言動で知られた中曽根氏も、憲法の重みをきちんと認識したうえで政権運営をしていたことがこの件だけでも窺い知れる。

■闘わぬ学術会議に失望

 ところが菅政権は任命拒否理由を「総合的・俯瞰的な判断」として説明することなく、同会議を行政改革対象にして強引に事態の収拾を図ろうとしている。これに対し、安倍政権時代の2016年に定年退職の会員の補充人事の選考過程で、同会議の案に官邸が難色を示して推薦見送りになったことを、当時会長だった大西隆氏が明らかにするなど、学術界も闘う姿勢は見せている。しかし、複数の国立大学で教鞭を執ったことがある名誉教授はこう指摘する。

「独立性が担保されているはずの学術会議の人事を政権がキャンセルしたということを、大西さんにはあの当時にきちんと世に問うて欲しかった。もっと残念なのは新会長の梶田さんが、首相と会ったのに何も言わずに帰ってきてしまったことです」

 6人は、安保法制や憲法解釈などの問題で政府の主張に異論を唱えた人ばかりだ。これを理由も示さず任命拒否する菅政権の姿勢を見過ごせば、森友・加計学園問題や「桜を見る会」などの疑惑を曖昧なまま放置してきた政権の体質を助長しかねない。名誉教授はこう続ける。

「名簿を提出した山極前会長、任命拒否を受けて首相と会談した梶田会長のいずれもが、学術会議の主張を政府に示す迫力を持って欲しかった。安倍政権では特定秘密保護法など国民を束縛するような法律が作られた。それが学問、学術にまで及ぶということは、日本の中のイノベーションをも消してしまう行為であることを科学者らしい言葉で説得すべきだったと思います」

(編集部・大平誠)

AERA 2020年11月2日号より抜粋