■感情でつながれない

 表面上、母親は「自由にしていい」と言うが、実際は母親の意向を加味するよう、内面がコントロールされていた。まるで孫悟空の輪。幼い頃に植えつけられた恐怖による呪縛だった。さらに「父親のようになってはいけない」という使命もあった。

「父親の汚名返上という思いは常にあったけど、どうすればいいのか。仕事ができるようになれば、やっと私は解放されると思っていたけど、終わりが見えない。何を目指して生きているのか、わからなくなって……」

 40代半ばでうつ病を発症し休職、半年ほどで復職した直後、妻は離婚届を残して家を出た。

「妻は私と気持ちが通じ合えないと、心の病気になったことがありました。でもまさか、離婚になるとは。私は父と違って、仕事をして稼いでいるし、家も買ったし、借金もしていない。それでいいと思っていたんです」

 妻は長年、夫との関係で悩み、そして踏ん切りをつけたのだ。

「仕事のように理屈でできるのは得意なのですが、感情的なところで、人とつながるというのがわからない。2人の息子とも同じです。感情でつながれない」

 男性は、母親が幼い孫たちに豪語した言葉を思い出す。

「あの子は、私の思い通りに育ったのよ!」

 母親の意図通りに作られた息子は、他者と感情的なつながりが持てない不自由さに喘いでいる。長年の息苦しさの根幹には、母親という存在があった。(ノンフィクション作家・黒川祥子)

AERA 2020年10月19日号より抜粋