外ではマスクなしで会話をすることはほぼなくなった。口元は常に隠されていて、満面の笑みも見ることはできない(撮影/片山菜緒子)
外ではマスクなしで会話をすることはほぼなくなった。口元は常に隠されていて、満面の笑みも見ることはできない(撮影/片山菜緒子)
AERA 2020年10月12日号より
AERA 2020年10月12日号より

 著名人の自死が続いている。それぞれの事情はわからない。だが、いま社会を覆うコロナによる不安と無縁とは思えない。人と人を遠ざけたコロナ。奪われた日常。何が変わってしまったのか。AERA 2020年10月12日号から。

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 6カ月半ぶりに再開したシアターコクーンに行ったのは、また一人、芸能界で活躍していた女性が死を選んだと報じられた翌日、9月28日だった。

 消毒、検温後に入場。名前、座席、電話番号、メールアドレスを紙に書いて提出。一つおきに座り、舞台に近い人にはフェイスシールドの貸し出し。東京・渋谷の厳戒態勢。そこで「十二人の怒れる男」を見た。

■誰かの前向きに傷つく

 パンフレットを購入した。今年1月、シアターコクーンの芸術監督に就任した松尾スズキさんの文章が載っていた。

 依頼され1年迷ったこと、知れば知るほど芝居は怖いと思うこと、それでも引き受けたのは「初めてコクーンで上演した時、怖くなかったから」。そんなことを綴っていた。そして最後は、新型コロナウイルスの話。

──いざ就任した途端、私が決めたラインナップは、コロナで次々に頓挫していったのだ。ショックだったが、デフォルトに「怖い」を搭載している私は思ったほどくじけていない。怖さを知っているということは、怖さへの耐性ができているということだ。芝居が潰れた、じゃあ、劇場はどうする。二の矢三の矢を考えろ、松尾──

 自分への自信、自分を鼓舞しなくてはという気持ち、どちらもが表れる前向きな文章だった。心が、チクッとした。前向きな人を見ると、少しだけ傷ついたような気持ちになる。

 ダメな感情だとわかっている。だけど、コロナが広がるにつれ、よるべのなさを感じるようになった。よるべのなさが連れてきたのが、「誰かの前向き→少し傷つく」という感情。コロナが収束しないから、ずっと心の中にすみついて、いつまでも消えてくれない。

 フリーランスという立場のせいだと思っていた。先行きが不安だから、充実している人と比べてしまうのだ、と。だけど、徐々にそれだけではないような気がしてきた。

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矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

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