黒沢:僕は、自分で脚本を書いておきながら、優作と聡子がどんな人物であるのか、正直、さっぱりわからないところから始まりました。でも、高橋さんの2日目のシーンを見て、僕自身やっとこの二人がわかった。目の前の高橋さんと蒼井さんの演技を見て初めて、優作と聡子が突如登場した、と感じました。

高橋:そうおっしゃっていただけるとうれしいです。この映画に入る前に、自分の中の経験や技術をコラージュしていくだけでは、優作を演じるには足りない瞬間が出てくるのではと思っていました。ポーズだけではなく、それに伴う内実をどれだけつけることができるか、自分でバランスを取らなければと意識していましたから。

 小津映画をはじめ日本のクラシックな映画が好きで、自分の芝居のベースに残しておきたいと思ってきました。だから今回は、気負うことなく自然とお芝居をさせていただけました。黒沢さんはこの映画をお撮りになって、いかがでしたか。

黒沢:前から願っていたこういう隙のない作品を、かなりハイレベルに完成させることができた。日本映画は俳優もスタッフも含めて、まだまだ捨てたものではないなと思えたことは大きいですね。時代を再現することは、言うは易しで、難しい。けれども、生身の俳優が話して動き、大がかりな美術を作ってエキストラが参加するという映画作りの基本のようなやり方で再現できました。希望にしかすぎませんが、多分、今の人にも面白がって見てもらえるドラマになっているのではないかと思っています。日本映画にはその力は残っている、とわかっただけでもやりがいがありました。

高橋:現場は楽しく充実していて、スタッフの気概も毎日感じていました。「柔和な緊張感」というのでしょうか。黒沢さんのお人柄だと思うのですが、そういう中で芝居に集中できた。それが作品に出ているからこそ、ベネチアでも伝わったんだと思います。銀獅子賞の受賞は僕も本当にうれしかったです。

(フリーランス記者・坂口さゆり)

AERA 2020年10月5日号